U 死の呼び声

 馬の亡骸の隣で膝をついていた青年は、ふらりと立ちあがる。さっきまでその動作すら一苦労だったというのに、膝を支えるのに意識を向ける必要もない。

 自分を取り囲むものの不気味さは、先ほどよりも増した。とはいえ、それを拒絶する理由も、青年は持ち合わせていない。

 一度は生を諦め、死を受け入れた身。

 壁の外で野垂れ死のうが、壁の内でなにかに巻き込まれようが、結果は同じだ。

 投げやりにも思える決意を固めると、どこからか湧きあがってきた意思は、より強制力を強めて青年の体を突き動かす。彼の馬を導いたのも、この「どこかから湧きあがる意思」だったとでも言うのだろうか。

 近づいてみると、高くそびえる石壁は、その重量を想像させるほどの圧迫感を伴って青年を見下ろしてきた。

 周りに立つ木よりは低いものの、壁面に手をかけられそうなところは見当たらない。

 石同士の継ぎ目まで整えられた壁に触れると、予想通りの冷たさと、柔らかく感じるほどの滑らかさが掌に返ってきた。

 同時に、進むべき方向も、青年の意識の中で更新される。

 壁にそって、右へ。

 しばらく歩くと、夜だというのに大きく開かれた門扉が目に入る。

 気味の悪さなど、もはや青年の中には存在しなかった。

 ──呼ばれている。

 死を受け入れた瞬間から。

 呼び声は逆らおうと考えさせる隙もない力強さで、青年の腕をひいている。

 鉄格子のような扉の間を抜け、壁の内側へ入ると、壁と同様に灰色の石で造られた建物があった。神殿のような外観で、二階建て。青年にとっては、今まで入るどころか、見る機会すらなかった堅牢な造りの建造物だ。

 正面に立ちふさがった、重い木製の扉を押し開く。

 室内を満たしていた空気は、かび臭さこそ感じないものの古さがあった。

 長らく留まり、滞った風の、澱んだ匂い。粘性すら有していそうな空気の中に青年は足を踏み入れた。

 建物に入ってすぐにあった階段を上がり、廊下を進む。二階の方が風の流れが悪く、空気はあるのに喉が詰まるような、妙な息苦しさを感じさせる。

 人の気配もなく、停滞し続けた空気が満ちているというのに、建物内に荒れたところは見当たらない。壁のひび割れや床材の腐食はおろか、蜘蛛の巣も、埃の塊さえない。廃墟のようで、しかし管理は行き届いている。

 青年は角を二度曲がって──玄関口と反対側の部屋の前で立ち止まった。