二 師・語る

 一つにくくった髪束を適当に揺らして土を落としていると、彼は空いた手でシルヴィの服を払う。先程まで気にならなかった頭一つ分の身長差がやけに意識に染みて、シルヴィは気を紛らわせるように声を出した。

「ロランにはまだまだ敵わないな」

 苦し紛れに言った割に、その言葉には諦めの感情が少しも含まれていなかった。

 ロランは、そんなシルヴィに薄く笑って応える。

「シルヴィの戦い方は野性的だからなぁ」

 意味を掴みきれず怪訝な表情をするシルヴィに対し、ロランは困ったような表情で数歩後ろにさがった。

 首を傾げて遠くを見るような素振りをするが、ごまかそうとしているわけではない。そういう人物ではないと、シルヴィはこの一年で十分以上に理解した。

 まっすぐなのだ。すべての物事に対して。

「なんというか……あまり理屈はいらないタイプだろう? 僕と正反対で」

「正反対、か」

「不満かい?」

「いや、そう言われると、わかる気がする」

 自分はロランのような戦い方ができない──と、シルヴィもなんとなくわかっている。

 理屈がどうこう、というより、単にじれったすぎて真似できないという、それだけの感覚ではあるが。

「でもそれになんの関係が?」

「相性の問題もある、って話さ」

 それに、と言葉を継いで、ロランはシルヴィに視線を戻した。

「野性的、ってことは、訓練より〈悪〉との実戦の方がシルヴィにとっては糧になりやすいはずさ。僕はあまり、シルヴィの目標には向いてないかもね」

 反論しようとした口を、シルヴィはつぐんだ。

 感情的な言葉を、軽い気持ちで声に出してはいけない。それは、ロランから教えられた〈悪使い〉としての延命行為だ。

 物質化する破壊衝動──〈悪〉の力を、理性で制御するのが〈悪使い〉だ。

〈悪〉の誕生は全能の神によって定められた摂理で、本来人間ごときには逆らえない。

 故にある種の誓約を立てる必要があり、シルヴィにとってはそれが「戦闘面での向上心」なのだった。

 軽率にロランを目標として扱ってしまえば、シルヴィの中に封じられた破壊衝動はロランを倒すべき相手として認識してしまうだろう。

 呪い、のようなものだった。

〈悪〉を生み出す破壊衝動こそ、神から人間に与えられた呪いか、あるいは罰なのだが。

「ともかく──今日はこのくらいにしておこうか」

 そう言って、ロランは空を見上げた。

 釣られるように、シルヴィも目線を上げる。日課でもある「訓練」を始めたときはまだ明るかった空が、すでに暮れかけて赤みを帯びている。