一 船・進む

 船が一際大きく揺れて、シルヴィは縄を掴む手に力を入れた。

 見下ろせば、船員たちはいつもとさほど変わりなく動きまわっている。騒々しいが秩序だった動きは、ここ数日で見慣れたものだったがそれでも驚嘆に値する。

 どうやら、波と風が丁度よく合わさって船を揺らしただけだったらしい。

 船員の様子からそう読みとって、シルヴィは上に視線を戻す。体を支えているのは、縄を結んではしご状にしただけのものだ。船の中でもっとも不安定であろう場所で、まだ船上に不慣れないシルヴィは慎重に上を目指す。

 マストの頂点。見張り台で暇そうにしていた男が、気付いて軽く手を振った。

「さっきは危なかったなぁ」

 軽い調子で言う男も相当の揺れを感じたはずだが、まるで堪えていない様子だった。

 辛うじて、シルヴィは口元に笑みを浮かべるにとどめる。死線ならそこそこくぐり抜けてきたつもりだが、慣れていないものは仕方ない。

 最後まで気を抜かずに縄はしごを登りきって、シルヴィはようやく一息ついた。簡単な造りの見張り台すら、安定した地面のように感じてしまう。

「やっぱこれはキツいか? 慣れるまではしんどいよな」

「筋力的には問題ないのだが、足場が不安定なのはどうも精神的に、な」

「その細腕で大したモンだよ、本当……」

「あぁ……あまり見た目に出ない筋肉の付き方をしているらしくて。見た目で判断させないのは、自分でも得だなと思っている」

「がっはっは! 実際投げ飛ばされた身としては、笑ってられるモンでもないんだけどな!」

 まったく気にしていない調子で、船乗りは笑い飛ばす。そこに嫌みが感じられないのは、普段から明るい調子だからだろう。

 そんな人物に対して嘘をつかなければならないことに、シルヴィの胸がちくりと痛んだ。とはいえ、自分が「神の意志に逆らった人間」で、その影響で人外の力が使えると伝えれば、陸地の見えない場所で海に捨てられても文句は言えない。

 ──連れが連れだから、そこまではされないのだろうが。

 ごまかしの苦笑を浮かべて、シルヴィは男から目をそらす。

 船で一番高い場所から見えるのは、ひたすらに青い景色だった。

 見渡す限りの海、広すぎるとすら感じる空。他に見える色彩といったら雲の白くらいで、今はそれもほとんどない。穏やかで退屈な快晴の日だった。

「初めての海はどうだい、お嬢さん」

 隣に並んだ男が、再びシルヴィに声をかける。