Scene.3 薄れゆく仮面

 首をかしげながら黙って遠くを見る詩織の顔は、いつもの喋りつづける彼女とは別人のようだった。

 新たな一面、と言っていいものかどうか、少し迷う。

 それを引き出してしまったのは、間違いなく私のどす黒い本性のせいだからだ。

 灰色の仮面で本性を覆い隠すのがへたになっているのを、私自身も感じている。

 ずっと封じ続けていた願望が、表に出てきてしまったからか。それとも、

「……あ」

 ぽつりと、詩織が声をこぼした。

「もしかして……私がさっきの映画でちょっと悲しくなったのと、関係あるのかも?」

 そう言って笑みを浮かべる詩織は、いつも通りの雰囲気を取り戻しつつあった。

 しかし、その理由はよく分からない。私の頭には、当然映画の内容などほとんど入っていないからだ。

「あぁ……まさか遥香も『恋』をしてしまうなんて……」

「…………は?」

「友人と恋人、どちらを優先するのか。悩む主人公に同情して思いをはせていたからこそ、私の感想を聞いている場合じゃなかった……とかだったら許してあげてもいいよぉー?」

 そういう話だったのか、と口に出すのはやめておいた。

「あー、じゃあ、それでいいよ」

「ちょっと、なにそれぇー? ないの? 遥香からの貴重な恋バナはないの?」

「ない」

 露骨に大きくため息をつきながら、詩織はテーブルに突っ伏した。

「んん……恋バナないのか……残念……。でもー、遥香が知らない男に取られちゃうのも嫌だし……」

 呟く詩織をよそに、私はようやく目の前に置かれたカフェオレを手に取った。

 頭の隅で、詩織の言葉がやけに引っかかっていた。


     *


 学習塾へ向かう詩織と別れ、私は帰路についた。

 クリスマスまで一週間をきった町の空気は、ますます浮ついている。イルミネーションの数こそ横ばいだが、駅前通りを埋め尽くす人は確実に増加していた。

 その誰もが、ふわふわとした足取りで、軽やかに歩いている。

 出かける前、バッグの奥底に押し込んだ折り畳みナイフを思い浮かべた。

 凶器が取り出しにくい場所にあるのは、どす黒い本性に対して十分な抑止効果を発揮した。そうでなければ、キラキラとした町の楽しげな人々を、殺してまわってしまいそうな気がする。

 彼らから目を逸らすためには、自分の中の思考に集中する必要があった。

 先月までなら「どのように殺すか」をシミュレートし続けるだけでよかったが、実行に移してからはそうもいかない。

 さて、どうするか──と考えて、初めに思い浮かんだのは詩織の言葉だ。

 知らない男。

 そう聞いて、真っ先に思い浮かんだのはもちろんオクルスだ。