第四章

 芝や土に足をとられるのを嫌い、ヴィオレは柵の上に立って移動すると、広い道を横断するペストの尾が見える。どうやら無事な左後ろ足と尾を支えにして立とうとしているようで、数瞬後、ヴィオレが足場にしている建物が大きく揺れた。

 すかさず念動力で柵を掴む。目前にはペストの鼻先が現れている。

「私を置いて消えるなんて許さないからね、レゾン」

 届いてるかも分からない言葉を吐いて、ヴィオレは柵を蹴った。

 前へ。しかし突進ではない。大きく放物線を描く角度をつけた跳躍で、ペストの頭上を飛び越える。

 ヴィオレを追って真上を向いたペストが口を開けるのを目に留め、ヴィオレは大きく息を吸った。

 再度の咆哮。合わせて、ヴィオレは体表から五センチの範囲にある空気の流れを完全に停止させた。繰り返される激しい運動に呼吸を求める体が、ぎちりと軋むのもいとわない。

 歯を食いしばって三秒数え、無風状態を解除すると、息を吸うのもそこそこにヴィオレは着地体勢に入る。酸素を求めて咳き込もうとする肺腑をねじ伏せ、立ちあがったペストの背へ狙いを定めて足を振った。

 ブーツの靴底が毛皮を捉える。摩擦で落下速度を削り、両手も使って念動力でペストの背を掴む。暴れようにも、本来四足歩行であるべきネズミが立ったまま、しかも後肢の半分は使い物にならないとなれば、ヴィオレを振り落とすには至らなかった。

 ここまで無茶な動きをする理由を、ヴィオレは考えなかった。