第四章

 イヤフォンから発されているはずのレゾンの声が、とてつもなく遠い。辛うじて地面の揺れでペストが追撃しようとしているのを察し、ヴィオレはなんとか念動力で地面を弾いて移動。数瞬後にはヴィオレのいた場所を巨大な前歯が抉る。

「な、に……これ」

 ふらつく足で地面を掴み、ヴィオレは頭を押さえた。まだ轟音が頭蓋の中で残響しているような、鈍い不快感が残っている。

 視線を上げれば、ペストの向こう側にある建物の──さっきまでヴィオレが背にしていた窓は、ほとんど割れて窓枠に接した破片だけになっている。

「声だ」

 苦々しげなレゾンの声が、ようやく言葉の判別がつくくらいには聞こえるようになった。

「こえ?」

「とにかく後ろへまわれ。正面に立つな」

 レゾンの指示に従い、ヴィオレはどうにか足を動かして移動を開始した。

 ペストも背後を取らせる気はないようで、手早くアスファルトを砕いて歯を抜くと、四肢を小刻みに動かしてヴィオレを追う。

 その間にも、レゾンの分析がイヤフォンから流される。

「声──というより、音は空気の振動だ。振動の密度を高めれば打撃のように使うこともできるし、相手の耳も潰せる。厄介だな」

 ワンテンポ遅れて、ヴィオレの神経はようやく痛みを発しはじめた。物理的な打撃をくらったのと比べても、なんら遜色ないダメージだ。

 ヴィオレは表情を歪める。

「声帯の進化、ってこと? 突然変異にしては地味な気がするんだけど」

「ペストであっても数百年も経てばマトモな進化のひとつやふたつするだろう。それにしたって反響定位と声帯強化とは、生物誕生初期じゃあるまいし──」