第四章

 レゾンの声に応えるように、黒い装備の男たちが大楯を持ったまま文字通り人垣を割った。悲鳴と怒号。重なる音の中に泣き声が含まれているような気がして、ヴィオレははっと顔を上げた。

「捨て置け!」

 レゾンの声が遠い。けれどもそれは正しい言葉で、ヴィオレは泣き声を意識から振り払って黒い背中を追った。大楯で壁を作りながら直進し、さらにヴィオレを隙間なく囲む手際は、いっそ彼らがひとつの生命体であるかのように思わせる。

 背後からは大きな怒号が聞こえた。開けろと怒鳴り散らしているのを聞くに、おそらくレゾンがエレベーターのドアを閉めたのだろう。

 人波を割るのは思ったより時間がかかった。それだけ分厚い人の層ができていたということで、ようやく黒装備の包囲から解放されたときには鼓膜に喧騒が刻み込まれているような気さえした。

 ヒトの営みのごく一部さえ知らなかったことを、ヴィオレは痛感する。ペストと戦っているときと同様の命の危険を、あのとき確かにヴィオレは感じていた。あれだけのエネルギーがあってさえ、ヒトはペストに勝てなかったのだろうか。

 人混みを抜け、さらに距離を取るまで、黒装備はヴィオレの先導を続けた。ようやく足が止まったころには、ざわめきはかなり遠くなっている。

 他人のペースに合わせて走ったとはいえ、実際の距離は大したことはない。しかし、人ひとりくらいなら簡単に圧殺できてしまいそうな人数が、ヴィオレに精神的な疲労を強いていた。

 ヒトに気圧される、というレゾンの言葉を適当に聞き流したことを、今更ながら後悔する。