第二章

 ヴィオレは膝を抱え、自らの腕に頭を乗せる。話をはぐらかしていることなど、レゾンはとっくに見抜いているだろう。けれど、ヴィオレ自身もなにをはぐらかそうとしているのか、よく分かっていないのが現実だった。

 なにかが足りていないような気がする。なにかが必要な気がする。なにかが欲しいような気がする。けれど、それは形のあるようなものではなくて、意識の中で掴もうとするたびに実態を眩ませた。

 それを伝えれば、レゾンは正しい答えを返してくれるかもしれないし、逆に困惑してしまうかもしれない。どちらにしろ聞いてみるべきなのだろうが、そうやって他者の力で答えを見つけるのも、なんだか違う気がした。

 御堂の言う通り、レゾンはヴィオレにとって親のようなもので、レゾンの言う通り、最下層はヴィオレにとって原点のようなものだ。けれど、その関係に甘えるにも限度や程度がある。

 ヴィオレは孤児だ。浅間の地上のさらに上、塔の上部にある見張り台で放置されているのを窓越しにハイジアに発見されて、最下層まで連れてこられた。

 科学者たちが猛烈に反対していた──と、かつてレゾンはヴィオレに漏らしたことがある。ペストや放射能の危険を顧みず見張り台で「仕事」をしているのは、浅間でも上層部に暮らす貧困層だからだ。見張り台での汚染だけでなく、地中に染みこむ雨水からの汚染も浅間の上層では問題になっている。浅間が下層に重要機関を集中させているのはそのためだった。

 そんな上層で、しかも見張り台で発見された子供が「健康体」であるはずはない。科学者たちの主張は、おおむねそのような内容だったという。