第二章　危殆はトラブルと共に

　　　　　５


　首筋の歪んだ魔法陣の上を滴が伝って流れ、胸元では紐で通された指輪が鈍く光る。

「……俺に精霊契約は、できない」

　重々しく呟くリッキーの目は、曇っていた。

　理由が。

　過去が。

　傷が。

　歪んで。

「……俺は精霊を殺したことがある」

　ポツリ、とリッキーが語り出す。

「俺の体は、体ん中にある魔力の何かが、異常だそうだ」

　こみ上げる。

「そんな俺と契約を結ぼうとした精霊は」

　薄紫色の長髪。

　柔和な雰囲気を纏った優男だった。

「化け物みたいになって俺を殺そうとして。それでも、俺を助けるために自分を殺せって言ったんだ」

　最も親しき精霊を。

　親も同然である者を。

　だから、もう誰も殺したくはなかった。あんな気持ちを再び味わうくらいならば、いっそのこと全ての精霊との関わりを遮断したかった。

　何より、もう、失いたくはなかった。

　目の前で横たわる桃色髪の幼女は、放っておいても死を待つのみ。しかし、手を差し伸べてもその手で息の根を止めかねない。

「ならばお前は、諦めて見捨てるというんだな？　この子供を」

　イアンの辛辣な言葉が飛ぶ。

　リッキーは何も言い返せなかった。

　例えどのような理由があろうと、どのような過去を背負っていようと、そんなものは当事者たりえない他人から見れば取るに足らない言い訳に過ぎない。

　相手の心を察することを人は思いやりと呼ぶのだけれど、それは結局のところ甘やかしの言葉でしかないのだ。

　打ちのめされたことのない人間など、この世にいない。

　しかし、立ち上がる事を諦めない人間は弱音も弱気もねじ伏せ、あらゆる努力を払い、乗り越えようとする。そして諦めた人間は、地べたに這いつくばったままだ。