第一章 トラブルは横暴幼女と共に

 これで終わりだと言わんばかりに振るわれる剛腕。轟! と音を立てながら振り抜かれた凶器のような拳はそのままイアンの顔面へクリーンヒットした──はずだった。

 リッキーの拳が空を切る。

 正確には、激突の刹那、顔と拳の隙間に滑り込んだイアンの掌が、するりとリッキーの拳を受け流したのだ。

 バランスを崩した状態からの回避に、リッキーのボルテージが一気に上昇。そこからは殴打と受け流しの連続だった。

 最早、二人のみとなった大通りの一角。

 街の破壊は投げ飛ばされた一軒のみに留まらず、周囲十数メートル圏内に存在するありとあらゆる物質を対象に繰り広げられる。しかも、互いに気に入らないからという、理不尽極まりない理由に基づいての事だ。街の住人からしてみれば迷惑以外のなにものでもない。

 止められるものならば止めている。しかし止められないので住人たちは逃げている。

 もしもこの騒動を止められる人間がいるとすれば、一人。傍若無人な暴力をまき散らすリッキーとイアンを粛清できる人間がこの街には一人いる。

 ただその人物は仕事の関係上、街外れにいることが多い。だから、こんな早朝にこんな場所に現れる偶然など──。

 不意に、騒ぎの中心から百メートル程離れた人流から誰かが飛び出した。しかもリッキーとイアンがいる所に向かって。

 人流の中、喧騒を飛び出して行ったその人物を目撃した街人が、歓喜に満ちた声で叫んだ。

「……ア、アイリーンだ! みんな落ち着け、助かるぞ!!」