第一章 虚無に満ちる人造秩序

「落ち着け。取って食ったりはしないさ」

 なんと言われようと、警戒せずにはいられない。

 義景はローブの人物から目を離さないように注意を払う。しかし次の瞬間その姿が消え、瞬きする間に背後を取られていた。

「だから、落ち着けと言っているだろう」

 ソプラノの声が耳に届き、殴り掛かろうとした義景の動きがビタリと止まる。

 それからローブの人物は義景に視線をくれることもなく、ひざまずいて早姫の額に手を当て何かを呟いた。するとその手が微かに光り出し、それまで蒼白だった早姫の顔に赤みが少しだけ戻った。

 事の一部始終をただ見ていることしか出来なかった義景は、振り上げた拳をそのままに立ち尽くす。

「じき、目を覚ますだろう」

 そう言ってローブの人物は立ち上がる。

 ローブの人物は早姫に一体何をしたのか。

 早姫が危機的状況を抜けたらしきことは何となく察する事ができる。傍目に見れば助けてくれたと思うのが普通だ。だが、義景にはそこまで楽観的になれる心の余裕がなかった。

 目の前にいるのはあくまで未知の存在。そんな人物に、こちらが知る由もない何かをされたのだ。たとえその真実が状況を好転させる行動だったとしても、義景にとって不明のことならば善も悪も関係ない。

 守らなければ。

 その思いに突き動かされ、義景は振り上げた拳をついに振るった。

 拳打が空を切る。ローブの人物はまたも視界から姿を消し、いつの間にか背後を取られている。