プロローグC

『剣はとーられーてふーたつに割―れた。ふたつ、みーつ、よーつ、いつつ。ちりぢりバラバラこなごな破片。あーつめーろあーつめーろ、隣に注意』


 甲高い耳鳴りが鼓膜を通り過ぎていく。

 重い瞼を持ち上げると、薄暗い視界の中に罫線が見えた。

 罫線と罫線の間に綴った文字はミミズが張ったように滅茶苦茶。どうやら、ノートに書き込みをしている最中に意識が飛んだらしい。

 もう少し持つものかと思っていたが、やはり昨晩深夜二時まで起きていたのが仇となった。

 それもこれも全ては、昨日届いたばかりのデュランダル・オンラインの説明書がとんでもなく分厚かったせいだ。

 デュランダル・オンライン。

 ゲーム会社Jabberwockyが製造したオンラインゲームである。

 専用のハードとヘッドセットを使用してプレイヤーの意識をゲーム内に叩き込むこのゲームは、その性質上、通常のオンラインゲームとは異なる操作方法やルール、知っておかなければならない事がある。

 そんな理由もあってハードと同梱された説明書は厚さ十センチ程と分厚い訳なのだった。

 二十時からぶっ通しで読んでいたは良いものの、いくら読んでも終わりが見えてこない。

 操作方法や簡単なルールについては既に読み終わっている前半六百ページで理解できているのだが、その後に続く約款に差しかかったあたりからぱったり進まなくなった。

 しかもタチの悪いことに本の残り半分も使って『特に重要な項目の抜粋』らしい。

 約款の全項(フルセット)はJabberwockyまでお問い合わせを! というインフォメーション見つけたが、誰が問い合わせるものか。

 この時点でゲームをプレイしても支障はないらしい。

 ただ、オンラインゲームを舐めていると痛い目にあう。という経験則から、与えられたものぐらいは全て網羅しなければ個人的に気が済まないのだった。

 こんな調子で、ゲームを起動できるのはいつになるのだろうか。

 あの説明書後半の厚みを思い出すとげんなりしてしまう。ニュアンス的に言えば、聖書を開いている時の感覚に近い。論を流し読みしている時の感覚に。

 
『剣はとーられーてふーたつに割―れた。ふたつ、みーつ、よーつ、いつつ。ちりぢりバラバラこなごな破片。あーつめーろあーつめーろ、隣に注意』


 不意に、甲高い耳鳴りと共に奇妙な歌が脳内に響いた。

 寝不足からだろうか。今朝からふとした瞬間にこの歌が脳内に流れてくる。

 何かの童話か、はたまた民謡の類なのか。今まで聞いたこともない歌。しかも歌声は幼い女の子のもののように思える。

 たった一日夜更かししただけで幻聴が聞こえるようになるなんて、これでもし二日、三日と起き続けていたらどうなるのだろう。想像するに恐ろしい。

 そんなことを考えながら窓から見える景色にぼんやり目を向けていたら、パコンと快音が響いた。

「兵頭(ひょうどう)、おまえは中三の春(この時期)に居眠りする余裕があんのか?」

 続けて耳に飛び込んできた声に、のっそりと身体を起こす。

「ふぁい。兵頭ともえ、げんきです」

「今はショートホームルームの時間じゃねえぞ」

 担任の教諭の言葉で教室内に笑いが起きた。


『剣はとーられーてふーたつに割―れた。ふたつ、***(、よーつ、いつつつつつつつつ。ちりぢり##$‘tbbb破片。あーつめーろあーつめー********************************************************************************************************************************************************************************************************************