Camellia

「カフェインが足りねぇ」

 ぐらぐらとワーキングチェアの上で揺れながら、白衣の青年は低くぼやいた。

 モニターとキーボードで埋まった机に足を乗せて。

 爪先にヒヨコのスリッパを引っかけて。

 ふちなしメガネの下、黒瞳は不機嫌そうにすわっている。片手にぶら提げたマグカップは当然空。室内には飲み物が入っていそうな冷蔵庫も、コーヒーメーカーらしきものも見当たらない。

 机の上、そして壁一面に並んだモニターが、情報だけを青年に向かって投げかけている。

 ──が、青年がそれらを受けとめて理解しようとすることはなく。

「出ねぇかなぁデュランダル。ロランとシャルルのためなら幾らでも集めてやるとは思ってたんだがなぁ。結局、自分の武器とかそろえてないし……あ、トールハンマーの一部があれば絶対命中の銃とか……ハンマーだとちょっとアレだがカスタマイズすればなんとか、なるか? この際、系統とか全然違うけどダビデの投石器でもいい。あっちの方が銃に近いからカスタマイズも楽そうだし。近接は絶対無理だし」

 脱力した青年が呟いているのは、モニターの情報とは全く関係のない、ただの願望だった。

 一時の沈黙。

 のち、

「………………不毛すぎる……」

 自ら呆れて、青年は深くため息を吐き出した。

 そこに、電子音声が声をかける。


   *


   インターフォンが押されました_
   人数 1_
   敵正反応 なし_


   *


 本来なら携帯端末から聞こえるはずのインフォメーションは、部屋の天井に埋め込まれたスピーカーから放たれている。

 端末はといえば、机の脇に置かれたコンピューターのハードに接続された上で固定されており、もはや「携帯」するものとして扱われていない。

 青年は椅子の上で脱力したまま、

「誰だ?」

 気だるげに問う。

 持ち主の怠惰な姿勢にも構わず、端末は律儀に応答──


   *


   認証します_
   *********
   認証完了_

   シリアル・ナンバー:Series GAI──


   *


「開け」

 電子音声が言い切る前に、青年は命令して足を下ろし、マグカップを机に置いた。

 端末が部屋の扉を開ける頃には、アバターの微調整を行って白衣のシワまで消している。

 ぷしゅ、と空気の抜けるような音と同時に、扉がスライド。

「あぁ、カメリアか。おかえり」

 来客を迎え入れた青年は、別人ではないかと思われるくらいに態度を一変させた。

 実際にはさっきまで独りっきりで部屋にこもっていたのだから、「態度」というには語弊があるのだが──ともかく。

 声音も心なしか柔らかく、かすかに笑みすら浮かべている青年から、先ほどまでの気だるさは微塵も感じられない。

「ただいま、マスター。Series GAIA - X001 Camellia、もどりました」

 そんな青年に応えるのは、開いた扉の前にたたずむ幼い少女だった。

 赤いマフラーと金色の髪、大きな瞳が印象的な少女は、胸の前で湯気のたつマグカップを持っている。丈の短いワンピースの下にのびる脚は、滑らかではあるが温かみもない。顔にも声にも表情のない少女だったが、球体関節が無機物らしさを決定づけていた。

 Series GAIA - X001 Camellia。

 椿の名を冠する少女は、白衣の青年──柳葉輝(やなぎば ひかる)が造り出したアンドロイド、ガイア・シリーズの最初の機体だ。

 現在三機が活動している彼女たちは、輝の言う「デュランダル」の探索を主な活動目的としているのだが。

「まだ定期報告には早いだろう。何があった?」

「マスターの不調が観測されましたので」

 言って、カメリアはコーヒーの入ったマグカップをさしだした。

 主人のカフェイン不足は、カメリアの中では不調にカウントされるらしい。

 実際、無気力に苛まれたままカフェインを渇望していた輝からすれば、これ以上ありがたいことはないはずなのだが。

「……僕は給仕をさせるためにお前をそんな姿に造ったわけではないんだよ」

 返す言葉は少々不満げだった。

 それでもしっかりマグカップを受け取っている辺り、輝はかなりの慢性的カフェイン中毒らしい。手にしたコーヒーもすぐ口をつけている。

 ちぐはぐにも見える輝の言動にとまどうこともなく、カメリアは平坦な口調で。

「承知しています。私たちシリーズ・ガイアの役割は『不滅の欠片』ないしはデュランダルの探知・捜索および収拾で──」

「幼女型にしたのは愛でるために決まってるだろうが」

「……?」

 輝の言葉に、カメリアはきょとんと彼を見上げる。

 何かを問いかけているような、あるいは何も考えていないような灰色の瞳で。

 ただでさえ短い丈のワンピースを握り締めて。

「────スパッツが必要だな」

「マスター?」

 軽く首を傾げるカメリアに、輝は軽く手を振って応えた。

 今重要なのは、彼女のスカート丈の際どい短さをどうやってカバーするかではない。

 マグカップを口元に持っていきながら、輝は話を切り替える。

「わざわざここまでコーヒーを届けに来たわけではないはずだ。何か問題でも起こったか?」

「それは──」

 彼女にとっては珍しいことに、少しだけ口ごもってからカメリアは続けた。

「感覚的で申し訳ありませんが……通常とは何かが違う……イレギュラーの『不滅の欠片』を発見、獲得に成功しました」

 曖昧に。

 濁して。

 それでも、その重要度は輝にも推測できる。

 ついさっき、カメリアが来る前にこぼした単語が口をついて出た。

「デュランダル、か?」

 おそらくは、と返したカメリアの表情は、心なしか緊張しているようにも見えた。