イベント@

『コード・リファレンスを発令します。詳細は十九時より開示します』


 ゲームのプレイ状況に係らず全プレイヤーに、一斉に配信される最優先アナウンスが届いてから十分少々の時間が経過していた。

 ──あと二分かー。

 コンビニから出てきたセーラー服の少女・切裂早姫(きりさきさき)は、焼き鳥をかじりながら視線を少し上に向けた。空中に浮いたデジタル表記の数字が秒単位で現在時刻を示している。

 その真下にある公園にはたくさんの人だかり。

 ざっと見て二百は下らない。実際、早姫がポケットから取り出した携帯端末のプレイヤー表記は表示限界である百五十を超え、『他プレイヤー多数』の文字を叩き出している。

 しかしこれだけ大勢いるプレイヤーの中に、早姫の待ち人はいない。

 コード・リファレンス発令のアナウンスが鳴った直後に電話で待ち合わせの旨を伝えたはずなのだが……。

 再び電話をかけてみるも、電波受信不能だか不良だかで今度は繋がらなかった。恐らく、何かしら面倒なことに首を突っ込んでそれどころではなくなったのだろう。

「……伊澄ぃ(あのバカヤロー)…………」

 早姫の口から低い声が漏れる。

 コード・リファレンス。

 これはゲームの運営側から出される特殊イベントのことを指す。

 発令は不定期で内容もまばら。エネミーの撃破から探索、要人警護と幅広い。また、特殊イベントという事もあり、出てくるエネミーは通常エンカウントするエネミーより格段に強力である場合が多い。

 以上の多数不確定要素から任意のパーティーを組んでイベントに臨むプレイヤーがほとんどなのだった。

 極論、一人でできない事もない。

 早姫は普段から一人でこのデュランダル・オンラインをプレイしているし、多対一の状況に陥ったとしても立ち振る舞いは会得している。ただ、特殊イベントクリア報酬である『不滅の欠片』の入手を確実のものとするためには、協力者の存在が必要なのだった。

 早姫はこのゲームに閉じ込められている。

 そして抜け出すためには『不滅の欠片』を集めなくてはならない。

 待ち合わせの相手・三条伊澄(さんじょういずみ)もまた『不滅の欠片』を求めるプレイヤー。奇しくも自分と同じ状況にいる人間の一人。

 一応の友人ということもあり、利益の一致からイベントに誘ってはみたが──今ここ。この状態である。

 結局、一人でやることになるのか。

 小さなため息を吐きだしながら串をゴミ箱に投げ入れる。いつも通りと言えばいつも通りではあるが。

 と、もやもやしていると最優先コマンドであるアナウンスが配信を始めた。

『これよりコード・リファレンスを発令します。お近くのPOD(設置型端末機)よりご確認の上、イベントデータをインストールしてください』

 それを皮切りに、溜まりに溜まった人だかりが公園内に並べられたタッチパネル式の端末に群がる。

 どうやら今日はビギナーが多いらしい。コンビニ内にある機器や路上の公衆電話も同じPODだというのに。

 早姫はコンビニ内に戻り、携帯端末をPODに接続。ゆっくり伸びていく青色のインジケータバーを見つめながら別ウインドウでステータスのチェックをする。

 筋力増加。神経系伝達速度上昇。ただし被クリティカルダメージ率も上昇。三百円の格安ドーピング焼き鳥にしてはそこそこのステータス補正だった。

 次いで裏窓に表示されているインジケータバーが全て青色に。イベントインストール完了。携帯端末をタッチすると、いきなり画像が展開された。

 女の子、だった。

 早姫と同い年くらいの女の子の画像だった。

 ほっそりとした身体にぴたりと張り付いたスカート付のサイバースーツ。腰の辺りには光の羽が弾けていて、それと同色の頭髪と瞳が見る者に活発な印象を与える。背中から伸びた極細のプラグを見るに、亜人の類か。

 最優先コマンド、アナウンスは告げる。


『コード・リファレンス。サイバー都市・クラシファイドサイトから、『エウレカ』が脱走しました。個体数は一。報酬『不滅の欠片』×二。時間制限二時間。成功条件は──────────個体の撃破です』