シーンB

「うがぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 けたたましい少女の叫び声と共に、連続する鈍い打撃音が辺り一帯に響き渡る。それに合わせ、大きな兎のぬいぐるみが空中で右往左往した。

 矢継ぎ早に繰り出される少女の腕脚が化学繊維でできたぬいぐるみの身体に突き刺さり、着地する事を許さない。

 そんな光景を男はただ見つめていた。否、見ている事しかできないと言った方が正しい。

 目線のすぐ近く。携帯端末の補助機能であるクリアウインドウに目を落とせば、その理由は一目瞭然だ──


   プレイヤー:城縞 久人(じょうしま ひさと)_
   状態:【ストップ】_
   状態異常解消まであと七秒**********


 身体が動かない。

 思考は正常であるのに、しかして身体は不可視の糸に雁字搦めにされてしまったかのように動作しない。

 不覚を取られた。

 相手が状態異常を狙ってアイテムを使ってくる事は分かっていたのに。

 状態異常誘発のアイテムを使うプレイヤーだという事も分かっていたのに。

 少女がその行動に出なければならなくなる事も織り込み済みだったというのに。

 ──このままでは、発動してしまうぞ……!!

 少女がそのままの状態であるならば、城縞は簡単に勝利する事ができた。

 それは単純に城縞の方がランクが上だから、ということだけではなく、体格の差も一つの要因となっている。

 デュランダル・オンラインはプレイヤー自身の身体能力をトレースするゲームだ。

 その他、潜在的な能力も加味され補正が掛かるのだがしかし、大人と子供ではそもそものキャパシティが違う。

 筋力の量が違うように、骨密度に明確な差があるように。

 ただ──


 ズゥウン!! とビルが乱立するコンクリートジャングルに突然激震が走った。

 震源は城縞の目の前。十数メートル前方。そこにいる少女が兎のぬいぐるみを地面に叩き伏せたらしい。頑強なアスファルトで舗装された足元には蜘蛛の巣のように罅が走り、大きく陥没していた。

 直後、少女の携帯端末から機械音声が。


   *


   『オツタロウ』ダメージ限界突破_
   コンボ数百八連打_
   突破時間二十三秒_
   コンボ数条件をクリアしました_
   突破時間制限をクリアしました_
   以上の要件により──

   スキル『MPマキシマム』を発動します_


   *


 城縞の心臓が跳ね上がった。

 状態異常が解除された直後に膝から崩れ落ち、瞳孔を揺らして焦燥する。

 ──まずい! 逃げろ逃げろニゲロ!

 城縞はアスファルトに手と膝をついた状態のまま歪に方向転換し、逃走を開始した。なりふり構わず、自己の尊厳も投げ捨て、唸りながら無様に地面を這いつくばる。

 しかし、もう遅かった。

 あの少女が、ゴガァアン!! とアスファルトを爆砕しながら城縞の眼前に回り込んだのだ。

 城縞は唇を震わせてその場にへたり込む。

 そして思い返す。どれだけの作戦を練ろうが、どれだけの戦力を用意しようが、彼女に挑んだこと自体が間違いだったのだと。

 ランキング第九百二十二位にして、このゲームで関わってはいけないプレイヤーの一人。

 自己のMP(ゲーム内で特殊なアクションを実行するために必要な消費ゲージ)を全て身体能力に変換するバーサーカー。

 『鉄拳姫・三条 伊澄(さんじょう いずみ)』。

 彼女が振るう拳は全てを破壊し、地を踏みしめる脚は立ちはだかる者を踏みにじる。

 伊澄は言う。

「さあ、さあさあさあ! ちゃっちゃと吐いちゃった方が楽よーん。アンタが人質にとった、くるりちゃんの居場所を教えてくれたら────とりあえずは全身粉砕骨折くらいで済ませてやっからよぉおおおおおおおおおおおおおはははははははははははははははは!」

 程なくして、再び激震が走った。