デュランダル!!!! ぐりぱー幼女編

 これと言って、特別な理由も感情もなかった。

 ただ、自分の力が存分にふるえる所が、注目を得られる所が欲しかっただけだった。研究一筋だった私の人生にはこれといったハイライトな瞬間はなく、ただただ、認められない人生だった。

 考え方、捉え方の違いで人は私を軽蔑し離れていく。ただ私も、私を見ない者には興味も感情も何も感じなかった。

 研究室も辞めさせられ、なにもせずに生きるこの時間は退屈だった。強制的に終わらせようかとも考えたことがあったがその一歩も踏み出せず、そんな自分にも愛想がつきた。

 そんな退屈な私を終わらせる、一通のメールが届いた時は思わず神を信じた。

『ここでならあなたの力を存分に生かせます。
                  【Jabberwocky】』

 こんな短い文に惹かれたのは初めての感覚だった。何もなかった、暗かった私の人生にスポットライトが当たっているような感覚に落ちた。

 そこからは早かった。用意された場所で私にあった研究をして評価される。それだけの毎日に、私の心は満たされていった。それと当時に私のスポットライトの外にいる物には興味も感情もわかなくなっていった。

 同じ研究者との対立もあった。彼の言い分は、私の心には響かず。彼は私のスポットライトからは退場していった。

「お前も引き返すなら今しかないぞ? こんな人体実験、人の感情のある奴のすることじゃない」

 彼の最後の言葉だ。人体実験、彼が何を言っているのかわからなかった。ここはデータの世界ですべての物がデータなのになぜ人体なんて言葉が出てきたのだろうか、ここはゲームの世界なのだ。自分の力次第でどうとでもなる。ゲームの世界。

 彼が居なくなり、研究は滞るかと思ったがそんなことはなかった。後々調べてみたら、彼が薬の量を細工していたことがわかった。彼も私のしていることが理解できなかったんだろう。

「G-001の調子はどう? あの子、適合率高かったでしょ?」

「適合には成功しましたが、そのあとは目覚めていません、エージェント一名が監視にあたっています」

「そう、なにか変化起きたら連絡頂戴」

 手駒に雑務を押しつけ、私は研究に戻る。まだ試してみたい薬は沢山あるのだ。この実験は興味がつきない。



『G-001に反応が出ました。 うまく適合したようです』

 その連絡を受け、小林は安堵する。やっと適合した個体が出たのだ。実験体、全てに『不滅の欠片』は投与したがこれといった成果は得られていなかった。やっと陽性反応がでた個体が現れた。

『すぐそちらに行くわ、監視を続けなさい』

 スタイルのいい身体をデスクの上に置かれた白衣に身を包み、長い髪をうしろ縛り研究中の気色悪い液体を注射器に入れ、何本か白衣のポケットに入れる。エレベーターで上に上がればG-001が収容されている部屋まですぐだ。

 エレベーターに乗った小林は、研究が次の段階に進めることに歓喜した。この薬が個体にどのような影響を及ぼすのかも調べたいし、陽性、陰性の個体差も調べたい。もちろんこの薬の効果の差も調べたい。やりたいことが実験したいことが山程出てきた。

 そろそろ着くだろうとエレベーターの表示版に目をやると表示が消えていることに気づいた。気づいたと同時にエレベーターが激しく揺れる。研究施設の非常ベルがけたたましく鳴り響く。

『G‐001が脱走、職員は警戒してください。繰り返します、G‐001が脱走、職員は警戒してください』

 この放送を聞いた小林は、一人憤怒する。これだから私以外は信用できないとそれと同時に研究対象から少し離れていた自分の行動にも後悔する。

『入口を固めて!! 牢獄には催眠スプレーを散布しなさい!!』

 小林は無線を乱暴にきり、エレベーターの扉に女性とは思えないほどの力で蹴りを繰り出す。



 防災ベルが鳴り響く中、一人の幼女が汚れたシーツに身をくるみ施設内を疾走している。この騒動を引き起こした張本人、個体ナンバーG-001だ。G-001が向かうのは、自分と同実験体が収容されている階。地下一階だ。

 G-001はあそこにいい思い出は無い。当たり前である。目覚めた時にはなぜここにいるのかもわからず戸惑うしかなかったのだ。

 薄暗くジメジメしたあそこは、不安を煽ってしかこなかった。乱暴に連れて行かれた研究質のガラスに映った自分の姿を見て、ここにいる大人には勝てないことを悟った。あんな力のない幼女の姿なのだから。

 だが今は違う、何をされたかはわからないが今のG-001には力がある。『不滅の欠片』が適合したのだ。予期せぬ形ではあったが恐い大人を殴り飛ばすことにも成功したのだ。

 この力があれば、ここから逃げることもできるはずだ。みんなで。その思いを胸にG-001は地下に向け疾走する。



 地下では収容されている。実験体達がけたたましくなるベルに戸惑いを隠せていない。

 ここには連絡用のスピーカーはなく。先ほど流れた同じ境遇のG-001が逃げ出したことは伝わっていないが、何かが起こっていることは分かっていた。

「4ちゃん、何が起こっているかわかる?」

「無理、ベルの音がうるさくて他の音は聞き分けれない」

 4ちゃんと呼ばれた、G‐004は、質問してきたG-003に申し訳なさそうに返答する。G-004は頭に生えている犬耳をピクピクと動かし、必死に周囲の音を拾おうとしている。

 G-004は体内にある『不滅の欠片』の影響で半人半獣になってしまっている。あまり人外の力を使ってしまうと暴走し理性のない獣になってしまう。それを承知でG-004は周囲の状況を探っている。

「1ちゃん大丈夫かな? 上でなにか起きているんだよね? たぶん」

 周囲をさっきから心配しているのは綺麗な黒髪をした幼女G‐003である。研究施設がどうなろうと関係はないが自分たちが無事でいられるのかが心配なのである。

「なんとかなるよー 私たち運強いし?」

 なんの根拠もないただの慰めだがG-006が言ったおかげで少し場の空気が軽くなる。

「誰か来る!!」

 G-004の発言で緊張が走る。唯一ある上に行くための階段に注目が集まる。階段の前には走って降りて来た助走のまま牢獄に拳を振りかぶるG-001の姿があった。

 爆音が部屋に響く、固く閉ざされていた鉄の扉は紙のように簡単に曲げられ、奥の壁に突き刺さっている。

「みんな! 逃げよう! 今しかないよ!!」

 G-001の行動に唖然としていた面々がその一言で我に帰る。この呪縛から逃れたいのはここにいる実験体の総意なのだ。少しの希望が見えたことにその場が明るくなる。

「……無理だよ」

 希望に歓喜している中、牢獄の片隅から幼女特有の高音が響く。

「上には大人がいっぱいいるんだよ? 力の無い私たちに何ができるの? また捕まって前より酷いことされるだけだよ!!」

 G-008の発言に場の空気が変わり、希望の光は薄れていく。彼女達には刻まれているのだ身体にも心にも酷い実験の傷が。

「本当に無理かな? 私がいても無理かな? 本当に少しも、これっぽっちもないのかな? ただ黙ってここにいて逆らわないように生きていくことしか選択肢が得られないくらい力ないのかな? ……そんなに弱いのかな?」

 みんなに向けていたはずのG‐001の発言は力が篭っていき自問自答に変わる。

「諦めていただけなんだよ、何もできないから従うしかないって! 力を得たのはきっかけでしかないんだよ! 今しか! 奮い立たせた今しか! ないんだよ!! 協力してよ……」

 静まった場はG-002の行動で空気が変わった。G‐002は牢から出たのだ。初めて自分の意思で実験体は牢から足を踏み出した。

「別に弱音を吐いた事を攻めはしないよ、勇気が必要なのはどんな発言でも一緒だし、だから好きにすればいいんじゃないかな? 出るも出ないも ……私はお先に失礼するよ」

 G-002の口角が釣り上がる。目元が髪で隠れてしまっているため極悪な面に見えてしまうがそれは優しい雰囲気に包まれていた。G-002の発言に感化され、五人の実験体が牢から出る。

「お前らは逃げないんだな?」

 G‐001が問いかけるが牢内にいる二名の実験体は返事をすることはなく視線を反らされる。ただその行動だけで返事は充分だった。G-001達七名は階段をかけ登って牢獄に別れを告げる。

「恐いよ……」

 別れを告げられた牢からは、そんな声が静かに響いた。



 一階の入口にはエージェントほどではないが、武闘派の職員二名がエレベータから脱出した小林の命令で配置されている。

「小林主任の考えはすごいよな」

「あー、脱出出来そうだと思わせておいて最後でどん底に落とす、その時の心理状況が個体にどんな影響をもたらすのか見たいからわざとここまで来させるんだろ?」

「科学者ならではの発想だよな」

 今しがたまで会話していた相棒のほうを見て男は驚愕する。一人の実験体に頭を掴まれ、床に叩きつけられているのだ。床には亀裂が入っており、その威力を悟らせる。


   *


   心拍数、血圧上昇_
   脳内特定物質の分泌を確認_
   以上の点からマスターが戦闘状態にあると判断、闘争モードに移行中_
   **********
  Error
   ダメージが許容量を上回ったため、強制ログアウトいたします。
                   ログアウトの処理中―
   **********


 男が最後に見たのは、幼女の小さな拳が自分の腹部に当てられている光景だった。



 目の前の障害物を排除し、外へ通じる扉G-001が蹴破る。これで自由になれる、そう思った矢先、背後から聞きなれた嫌な声がした。

「やっぱり使えないわね、私以外は信用できないわ」

 いつも、耳元で聞こえる、苦痛を呼ぶ声。小林を見て彼女たちは固まる。筋肉が硬直し、脳が働かなくなる。ただ一人を除いて。

「走れぇえええええええ!!!!!!!!」

 G-001の叫びで他の幼女達の止まっていた脳が動き出す。G-001の言うとおりに入口に向かって走り出す。G-001は小林の道を塞ぐように立つ。

「あなた、腕がもう限界なんじゃない? あがらないでしょ?」

 小林の言うとおりG-001の腕はボロボロで、ただぶら下がっているだけという表現がしっくりくる状態だった。それでもG-001は小林を睨みつけ、他の幼女達の時間稼ぎをする。

「他の個体はあなたを捕まえたあとになんとかするわ」


   *


   心拍数、血圧上昇_
   脳内特定物質の分泌を確認_
   以上の点からマスターが戦闘状態にあると判断、闘争モードに移行中_
   **********


 小林は容赦なく、G-001の腕に蹴りを入れる。間合いを詰められたことにG-001は驚きながらも追撃されないようにまた距離をとる。

「痛みで顔を歪めるのを期待していたのだけれど、その腕もう痛みも感じないのね」

 小林はつまんないと唇を尖らせ、G-001に一歩ずつ近づいていく。G-001はなんとか間合いを取ろうと下がるが後ろが壁なことに気づく。

「追い詰められちゃったわね〜 大人しくすれば足だけですませてあげる」

「黙れ、私は逃げるよ、ここからもあなたからも」

 G-001の一言に小林はきょとんとしてしまう。小林にとっては初めての感情が芽生えていることに戸惑いが出てきた。

 この子はなんでこんなにも、私を見ているのだろう。こんなにも彼女の人生の中で私が大きくピックアップされているのだろうか。私はこの娘の中で輝いている。この子の中で私は唯一無二の存在となってきているのではないか。

「いいわ、いいわよG-001!! その想い私が受け止めてあげる!!!」

 小林の発言にG‐001は顔をしかめる。言葉が通じているのならば、ここから逃がしてくれるはずなのだろうが小林はポケットから気色悪い液体の入った注射器を取り出し、G-001に向かってくる。

「この液体は英雄の血液が混ぜてあるの、大丈夫あなたなら私の描いた結果を出せるわ、それにもっと私を好きになるわ」

 うっとりとした表情でそう伝える小林にG-001は不気味さを感じて蹴りを繰り出す。君の悪さに我慢ができなくなったのだ。だがその蹴りも簡単にかわされ、距離を詰められてしまう。

「あがぁあああああああああああああああああああ」

 英雄の血液を首元に注射されてしまったG-001は、床に倒れ込み声にならない悲鳴をあげる。身体中の血管が浮きだし、脈をうっているのが見て取れる。

「いいわ、いいわよG-001!! それがあなたの愛の叫びなのね? いいわ!! 届いているわよ? いいわ、いいすごくいい!!!」

 もがき苦しむG-001を見て小林は更にさらにうっとりとした表情に変わっていく。G-001を回収しようと近づこうとし違和感に気づく、足が氷つき動かないのだ。

「じゃあね」

 小林にそう告げ、チャンスを伺っていたG-004がG-001を背負い獣の脚力を生かし小林の脇を駆け抜ける。小林は辛うじて動く上半身を使い余っていた注射器を投げるが、空中で凍りついてしまう。この現象を引きお越している実験体G-005を睨みつける。

 G-005は身体が紫色に変色している。よく見るとG-005のおかっぱの髪の毛も所々、凍っている。G-005もG-002に引きずられるように逃げていく。

 次の瞬間、小林に重い衝撃が走る。G-001が薄れゆく意識の中、G-004の静止を振り切り蹴りを当てる。G-001の足はあらぬ方向に曲がるがそれでも満足なのか不敵な笑みを浮かべる。すかさずG-004はG-001を再び背負い駆け出す。

「くそがぁぁあああ!! 返しなさいよぉぉぉ!!!! 私のG-001をぉおおおおお」


   **********
   ダメージが許容量を上回ったため、強制ログアウトいたします。
                   ログアウトの処理中―
   **********


 小林の怒号を聞きながら追ってこない小林に安堵しながら走り続け、実験体七名はモルモットの用な生活から別れを告げた。



『報告は以上かい?』

 モニター越しのはずなのに、ただならぬ重圧を感じて小林は頷くしかできない。

『実験体に逃げられたのはまぁ、許されないことだけど君はそれ以上のデータを示してくれたからね。今回は不問にしてあげるよ』

 次はない。そう言われなくても小林には伝わっていた。

『話は変わるけど、エージェントになってくれる件、了承してくれたんだって?』

 先日の脱走事件から小林は決意していた。G-001を捕まえ、自分の物にすることに。

『今の姿でもいいのになんでこんな幼女姿を申請しているの?』

「だって、このままだと親子に見られちゃいますから、私は彼女とカップルなんですから姿も一緒くらいになんないと」

『そう、恋もいいけど研究に手は抜かないようにね』

 ブツッと音がし、ノイズだけが部屋に残る。

「すぐ迎えに行くわ」

 部屋から小林の声が静かに消えていった。