序、世界の車窓から

 蒸気機関車の揺れというのは小気味良く、どうしようもなく眠気を誘ってくれる物のようで、内装に使われている木材の温かみがそれに拍車をかける。それでいて時たま訪れる大きな揺れと鳴り響く汽笛が、ちょうどいい目覚ましになっていたりする。

 線路の切替部を通過したのか、車体ががくんと揺れる。

 その拍子に連れの男の頬杖が外れた。

「…………ふがっ?」

 漏れる声。

 結構な勢いで頭が落ちていたが、首を痛めてはいないだろうかとロニは少し心配になる。

 しかし、ゆっくりと持ち上がる顔は心配に反して半目の間抜け面で、普段は渋いはずの短い髭がなんだかだらしなく見えてしまう。ベストの下に着たシャツのボタンをひとつ外した首元もしかり。

 連れの男は周囲を見回してから尋ねた。

「ロニよ。ここはどこだ」

 ロニは答える。

「まだ列車です。シルバ」

「だろうな。見りゃ分かる」

 言いながらシルバは短く刈り込んだ銀髪に覆われた頭を掻き、頬杖をつき直して再び目を閉じる。

「あれ、また寝るんですか?」

「ああ。駅が近くなったら起こして頂戴な」

「勿体ないですよ、こんなにいい景色なのに」

「ど、こ、が。いい景色だよ」

 車窓から見えるのは土色が広がる荒野。遠くに聳える山々がはっきりと見えるほど視界の開けた景色は最初こそ解放的に感じるが、かれこれ二時間ほど移動しているのに変化がないともなれば、飽きてくるのが普通だ。

「しかも、お前も寝てたろ」

「え、なんで知って」

 シルバは自分の口元を指差して、

「よだれの跡」

 端的に告げて鼻で笑う。