一、世界はそれを成り行きという

 この性質によって集まった魔素同士は擦れ合い、エネルギーを生み出す。そのエネルギーは例えば酸素濃度に影響を及ぼしたり、直近でいえば温度の上昇あるいは下降の要因になったりする。そして、魔術を使うための動力源にもなる。

「お嬢ちゃん、魔素干渉は……あー、ミルクを温めるやり方は誰かに教わったんですか?」

 ロニが少女に尋ねると、カウンター越しに店主が説明する。聞くに、店主の妻(少女の母親)が魔術をかじっていた人間で、少女をあやそうと魔素干渉で水の煮沸を見せていたところ、どういうわけか覚えてしまったらしい。

「はあ……才能ですね」

 感嘆のため息を漏らすロニ。

 魔素干渉は一朝一夕で習得できるものではない。

 魔素とは不可視の物質だ。

 そこにあるのにそこにない。そこにないのにそこにある。

 人間が視覚から得ている情報は膨大で、外界から受ける全ての情報の内、実に八七パーセントもの量の授受を視覚が担っている。

 見えない、しかも触ることもできないものを扱うのは、言わずもがな難しい。例えば空気を掴むことができるだろうか。答えは否、である。虚空を手で握り締めたところで空気はあらゆる隙間から抜け出てしまうからだ。そもそも空気は不可視だから、極端に言えば、掴んだことも抜け出たことも人間が持つ五感では知覚することができない。

 魔素も同じである。

 では、どのようにして魔素に干渉するのか。

「お嬢ちゃん」

 ロニが話しかけると少女はすぐに返す。

「メリーっていうの」

「うん。メリーはミルクを温める時、どんなイメージを浮かべてますか?」