序章 青天霹靂/マ王降臨


 ――『彼』が現れるまでは。煌めく満月を虫喰う影が現れるまでは。


 この日、この夜、この時分、空を分かつ存在は勢力の形を変えた。


   *


 ループする電子音は、五度目に差し掛かったところで唐突に途切れた。

『はいはいはいはい。お待たせお待たせ。ええと…………どちら様? 私、いま取り込み中ですごく忙しくて、すごく大変なんだけれど。そんな中わざわざ私の時間を割いてまで電話してくるなんて一体どこのイイ男かしら?』

 怒涛の様に捲し立ててくる女の声が、男の聴覚を刺激する。

 並べられる言葉には少し棘がある。しかし甘ったるい声がそれらの印象をがらりと変えていた。

 ――誰から着信があったのか……画面の確認もしないのか。

 電話の向こうの女性は、オフィスに籠もりっきりのハードデスクワーカーであるため、機械には滅法強いはずなのだが、彼女が言う通りよほど忙しいのだろうか。

 男は三日ぶりに聞いた声に対し、若干うんざりした表情を浮かべて言葉を返した。

「ああ、すまない。私だ。サージタリウスだ」

『あーはいはい佐山ちゃんね。お疲れ様』

「その名で呼ぶな。業務規定違反にあたるぞ」

『あーそうだったわね。はいはいごめんなさいごめんなさい。で? どうしたの?』

 ジュリアの軽口を聞き、更にうんざりするスーツの男ことサージタリウス。彼女の挙動や所作に一々口出しをしていては前に進まない事を思い出し、割り切って言葉を紡ぐ。

「ああ、ミッションが終わったものでな」

『そう。戻るの?』