第一章 日常茶飯/街の風景A

 ただし、名前の欄は『マ王』とだけ表記されており、他に設定出来るはずの誕生日やら住所やらはブランクのままだった。


 マ王は本当の名を失っている。


 それが、マ王がマ王たる所以である。

 発端は今から四年前。電脳世界へ幽閉され、本当の名を取り上げられた事でマ王は新たな名と共に黒を操る力を得た。

 代償により得たこの力は一体なんなのか。何故このようなものを与えられたのか。

 マ王自身、まだ真相に辿り着けていないので答えを出すことなど不可能なのだが、唯一、奪われた名前が何かに繋がっていると考えている。

 誰か知り合いが電脳世界(こちら)に来ていれば何とかなりそうな気もする。しかしマ王はこのゲーム内においてレアキャラクターに分類されるNPC寄りの扱いを受けている存在だ。

 ミッションの標的にされることもしばしば。

 そんな人物を友達だ知り合いだなんて思うだろうか?

 ――無理だろ普通。

 不意に、錆びた金属が擦れた時に放つくたびれた高音と共に、鋼鉄製の扉が少しばかり開いた。

 ようやくお出ましか、といった様子でスマートフォンをポケットに突っ込む。だが、現れたのは電話の相手ではなかった。

 扉の隙間から出てきたのは、ゆるいパーマが掛かった紫髪の眼帯メイド服少女。……なんだか色んな文化やカルチャーのポイント商品をごちゃ混ぜにしたような風貌である。

 その眼帯少女は店を出るや、開口一番、ものすごく憂鬱そうに言葉を紡いだ。

「なんで私がテンチョーの代わりなんだ。うぅ……お腹痛くなってきた」

 ――あいつは確か……

 マ王は思い出す。