第一章 日常茶飯/街の風景

 しかも万年帰宅部で筋肉は皆無。

 つまるところ完全無欠に虚弱体質な猛は、恐らくその辺の小学生にすら腕力で負ける。

 それを理解しているからこそ猛は勇ましく立ち向かう事も無いのだが、ただ、

「おんやぁ? 肩……外れちまったかもしれねえんだがぁ?」

 こんな、

「……なあ。関節が正常かどうか確認したいんだが、一発小突かれてアスファルトに寝転がるぐらいの覚悟は出来てるんだろうな」

 ――こんなイレギュラーは予想できる訳ないじゃないか……!!

 しかし、逃げ腰である自分を割り切っていると言えば嘘になる。猛自身、立ち向かいたい気持ちは僅かながらに持ち合わせていた。

 いつの間にか握り締めていた拳が小刻みに震える。

 ――でも……立ち向かってどうなるって言うんだ。たとえば僕が立ち向かったとして、力を力でねじ伏せる事に意味はあるのか?

 この自問自答も、いつもの猛の風景だった。

 自分の行動を何かしら理由づけする事で正当化し、あらゆる可能性から自分を遠ざけ、いつも通りの──ともすればやり慣れた行動パターンの中に自我を押しとどめる。

 振り上げられた男の拳を見つめながら猛は続けて思う。

 ――ああ、でも、痛いのは嫌だなぁ……

 次の瞬間、横薙に振るわれた男の拳が鳩尾にめり込み、猛は思い切り吹き飛ばされた。

 男の暴力はそれだけに留まらず、倒れた猛に馬乗りになり、五発、六発と鈍い音を響かせながら続けて拳を振るった。

 そして再び機械的なアナウンスが――