第一章 日常茶飯/独白A

 青年は自分の手のひらに視線を落とす。脳から命令が下れば自由自在に『黒』を操る事ができる手のひらに。

 何故、こんな力が行使出来るのか。何故、無敵とされるエージェントと渡り合う事ができるのか。その理由は正直なところ、当の本人ですら分かっていない。

 ただ、これだけは理解している。

 この意味不明な力は、四年前──電脳世界に幽閉された時より発現したものだと。

 青年もかつては、電脳世界と現実世界を行き来する極々普通の青年だった。

 ある程度名の知れた高校を卒業。都内の大学に通い、居酒屋でバイトをして、父親と母親と姉が一人いて。就職も無事に決まり、人並みの幸せが滞りなく展開されていた。

 はずだったのだが、

 皮肉にも、その就職先である大手電子機器メーカーGUILDから届いた通知が、青年の運命をねじ曲げた。
 青年の脳内に、あの日の出来事がフラッシュバックする。



 「ようこそGUILDへ、新入社員の諸君」

   「面倒くせえよなあまったく」    「ああ暇だなあ」

      「これからエージェントの適性を計る」  「ちょっと痺れるわよー」  

           driveモードに移行中_  

   「う、qnwああbh、ああああああああe!!!!」  「ホワイトコーヒー?」    

          「次。新採番号四番、■■■■」――



 映像は唐突にそこで途切れた。

 どこに向かうでもなくデタラメに歩みを進めながら、青年は思考する。