貧乳のための夏の勝負服
夏。
この季節がもたらす恩恵がいかほどのものか、僕には想像もつかない。
僕らの年齢はよく、青春時代なんて言って羨ましがられるが、本当に価値があるのは夏だったりする。気温の上昇や長期休みにともなう解放感に、ほぼ例外なくにぎわうレジャー施設。騒がしいくらいが丁度いい僕にとっては、ただ外に出るだけで気分が高揚してくるいい季節だ。
とはいえ、実際はそんな人間ばかりじゃない。
僕が付き合っている──もとい、ありがたくも僕と付き合ってくれている雪菜は、人混みを嫌う側の人間だ。と、ついこの間までは思っていた。
というのも、何度か彼女を海に誘う機会があったのだが、そのことごとくが丁重にお断りされていたからだ。
僕が言うのもなんだが、雪菜は別に水着姿になることを恥じらうような体形はしていない。平たく言えば細身で華奢、なにかに巻き込まれているなんて設定がなくとも守ってあげたくなるタイプである。
異論は認めるが持論は揺るがない。
そんなわけで、日に焼けたくないからか人混みを嫌っているからか、どちらにしろ海を拒み続けていた雪菜だったが、このたびなんと向こうから夏祭りのお誘いを賜った。
彼女の水着姿を見ることができないのは残念極まりないが、もう彼女と夏の騒がしさを満喫できるならばこの際なんでもいい。二つ返事どころか即答を跳び越し、若干食い気味にOKを出した僕は、待ちに待った今日本日この日に雪菜と夏祭りデートに向かう。これだけで万死に値するリア充である。今すぐ爆発しても文句は言えない。
「おーい? 目がどっかイってるぞー?」
「……へ?」
声をかけられ、慌てて現実へ意識を戻す。
公園の木陰でぼんやり立ち尽くしていた僕の前には、ひらひらと手を振る雪菜がいた。
気の抜けた声を出してしまったことなど、もはやどうでもいい。そこにあるのは、見るも麗しい浴衣姿だった。
結いあげられた黒髪、白い首筋、濃紺の生地。色のコントラストだけでも充分なのに、浴衣に描かれた花火は雪菜の小柄な体格にきちんと収まっていた。これが少し高身長になるとバランスが崩れるというのだから、和服というものは難しいと門外漢ながら思ってしまう。
「あれ? もしかして熱中症? そんなに待たせたかな……」
違う、そうじゃない。
けどそういうことにしておこう。
「や、確かに雪菜と一緒の祭りともなれば一日千秋を地で行く気持ちだったけども」
「そんなことは聞いてない」
冷静なツッコミをありがとう。
だが事実だ。
「まぁ、元気みたいでよかったよ。倒れられても困っちゃうし」
「できれば困ってる雪菜を見たい」
「自分が倒れたら見れないでしょーが」
じゃれあいのような会話をしながら、僕らは自然と祭りの屋台が並ぶ大通りへ足を進めていた。まだ距離があるが、そこに向かう道なだけあってすでに人の数はいつもより多い。まずは人の少ない公園で待ち合わせ、合流の手間をはぶくという作戦はもちろん雪菜が決めたものだ。デートの約束で舞いあがった僕にそんな思考力はない。
「にしても、意外だな。雪菜って人混み嫌いだと思ってた」
「え? なんで?」
「海行きたくないって言ってたから」
もしかすると、僕が考えすぎてただけなのかもしれない。
雪菜は納得したように一度頷くと、気まずそうに首を傾げた。
困ってる。かわいい。
「や……水着はムリだけど浴衣ならいけるかな、って思って」
「それは高露出より低露出の方がイイとかそういう話ですか」
「何の話?」
「すいませんでした」
考えが浅ましくてごめんなさい。
「そうじゃなくて……その……スタイルがね……」
「貧乳はステータスだと思います」
「私にとってはそうじゃないの!」
知ってはいたけど、女心ってムズカシイ。
とはいえ、「かわいいは褒め言葉」と言われても複雑なので、お互い様だと思っておく。
「で、水着はダメで浴衣は大丈夫なその心は?」
「……小さいなら水着より浴衣が映える! って雑誌で見て……」
そんなことを気にしてしまう雪菜が一番かわいいと思いました。まる。