たくしー
人々の声。喧噪。
ロータリーに連なるテールランプ。
ぽっかり空いた駅の昇降口から漏れるLEDの煌々とした灯り。
入り乱れ、交錯する人流を眺めていると、ふと思う。今すれ違った人ともう一度すれ違う確率は極めて低い。ともすればそこに運命的な出会いというやつも、あるのかもしれないと。
なんて、ポエミーなことを考えていると扉を叩く音がした。
見ると、スーツ姿の若いねえちゃんが窓越しにこちらを覗き込んでいた。
タクシー乗り場からちょっと外れたところに停車して休憩していたというのに、最近の若いやつは乗り場のルールも分からないのか。
だからといって無下にする訳にもいくまい。
というか、たぶんいや絶対にこのねえちゃんは酔っぱらっているから、その辺のルールを説いたところでまるで意味がないだろう。郷に入ってもそのまましっかり右に倣うのは正しくない時もある。ここは見逃して許してやるのが器量というやつだ。
扉を開けるとねえちゃんは転がるように後部座席に雪崩れ込んできた。
どうやら、相当酔っぱらっているらしい。運転席にまで酒の匂いが漂ってくる。
ねえちゃんは言った。
「へい、タクシー」
「もう乗ってますよお客さん」
「へい、タケシー」
「違いますよお客さん。俺ァね、真二っつうんですよ」
「へい、じっちゃーん」
「どこ切り取ってんの? 真二だからか。真二のじを取ってじっちゃんなのか。あだ名をつける間柄なのか」
俺ァね。
嫌いなんですよ。酔っぱらいが。
なぜかと言うと、
「もう嫌だ……仕事なんてもううんざり……」
ってね。
ほら、いきなりテンション変わりやがるでしょう。トランスポーターの凄腕ドライバーもびっくりな方向転換で相手を置き去りにするでしょう。
だからね。
俺ァね、
「運転手さんウェーイ」
嫌いなんですよ。
まあ、客は客だ。金を落としてくれることに変わりはないので無下にはできない。増してや相手は俺と一回りは違いそうなねえちゃんだ。ここはひとつ、優しく接してやるのが大人の余裕というやつなのかもしれない。
「えっと……お客さん、どこまで?」
「……ピリオドの……向こう側まで……」
面倒くせえ。
こいつ面倒くせえ。
なんだよピリオドの向こう側って。氣志團か。感化されてんのか。
というか終止符の向こう側に行きたいって何だよ。終止符の向こうには新世界があってそこで新しい自分を見つけるの昨日の自分にアディオス! ってか?
バカじゃねえの!?
いや、ちょっと待て。
冷静になるんだじっちゃん。いや真二。
こういう見方もできないか?
例えば『ピリオドの向こう側』っつうのは現世と対峙する別の世界、つまり常世を暗喩しているのではなかろうか。つまりこのねえちゃんは火サスに出てくる犯人が最後に行き着く東尋坊的な、海を臨む崖に行きたがっている可能性が微レ存。あ! だってさっき仕事がどうとか言ってたもん! あ! 気付いちゃった! 崖に行き着いて、あっちの世界に逝きつくわけですねおじさんにはちょっと分かりません!
だとすれば、俺ができる事と言えば人生の先輩としてねえちゃんを励ましてやることなんじゃねえかな……なんかタクシーとかどうでも良くなってきた。
人一人の命が懸かってんだ。金稼ぎなんてやってる場合じゃねえ。
そうと決まれば、あとはねえちゃんにどんな言葉をかけてやるかというのが最大のポイントになってくる。
ねえちゃんは落ち込んでいる。
仕事に疲れている。
酒に溺れている(勝手な判断)。
となると……小粋な言葉だな。よし、いくぜぇ。
「ピリオドの向こう側? 冗談は止してくだせぇお客さん。このタクシーは生憎とアポストロフィ止まりなんでね」
「? あの、はい……早くタクシー出してもらってもいいですか? 行先は白鳥町なので」
だからね、言ったでしょう。
俺ァね。
酔っぱらいが大っっっっ嫌いなんですよ。