にぼし探偵
「死んでる……」
その事件が起きたのは、別の依頼で別荘地に来ていた時のことだった。
死んでいたのは依頼人の秘書、田辺 康宏さん、どうやら自殺をしたみたいだ。三階の窓が開いているそこから飛び降りたんだろう。
仰向けで大の字に倒れている死体は目が開いたままでなかなかグロテスクだ。遠出した先で死人がでるなんて何処ぞのバーろーみたいじゃないか。
「警察に電話してきたぞ あと屋敷の人達はみんな居間に集めといたから」
手際がいいこいつは俺の助手、花崎 裕司。父親が警視庁のお偉いさんなんだとか。
「あそこから落ちたのか? この服についている血なんだ?」
裕司が言うとおり、なぜか服に血がついてる。何かを拭ったように服についた血の跡。
ダメだ考えがまとまらない。
「裕司! あれくれ」
「バックの中」
触らないように注意しながら死体を観察している裕司の隣で落胆する。膝から崩れ落ち手を地面につけ絶望のポーズ、裕司は俺なんてお構いなしに死体の辺りを物色している。
「どけ、どけ邪魔だ! 邪魔だ!」
どうやら刑事さん御一考の御到着みたいだ。
変な疑いをかけられては嫌なのでそさくさとその場を後にする。
居間に行くと屋敷の方々と警察官が何か話しているところだった。多分、事情聴取だろう。
「あっ、来ましたあの二人ですよ」
確か依頼人の奥さんの橘 雫さんが俺らを指さしてなにかギャアギャア言っている。あまりいい予感はしない。
「あの二人が不審者よ!」
当たった、不審者扱いか…… 昨日ちゃんと挨拶もしたし別に不審な行動してない、ただ夜中にキッチンに有っただし取りようのにぼしを二袋食べただけだ。
「違いますよ、僕達は文彦さんに頼まれて侵入者を特定しに来たんですよ」
「侵入者??」
今回の依頼は、家が工事中で別荘に仮住まいし始めたら部屋が荒らされている警察は頼りないからと俺らに依頼が来た。詳しく聞くと書類がぶちまけてあったり、本が崩れていたりと本格的に荒らされているみたいだ。侵入者はまだ特定出来てない。
「侵入者が田辺なんじゃないの? それで負い目を感じて自殺したとか」
メイドさんが口を挟んでくる。なぜか顔がすごくイキイキとしてる。
「田辺……」
この家の主、康文さんはどうやら相当落ち込んでいるみたいだ。田辺さんとは起業から今日まで二人三脚でやってきたらしいからそうとうショックなんだろう。
「殺人じゃないならさっさと解放してくれません? エステ予約してるの」
田辺さんの奥さん、田辺 希美さん 田辺さんとのトラブルは聞いていない。
「田辺さんが飛び降りた部屋を見せてもらえるよう刑事さんにお願いしたから見に行ってみようか?」
無駄に手際がいい。これは依頼じゃないんだから関わる必要ないのに。
田辺さんが飛び降りたのは、三階の書斎だった。
荒らされている様子はない、遺書も何も置いてなく綺麗な印象だ。
「ここ見てみろよ」
裕司が窓の淵を見ているので近づいて見ると、真っ赤な液体、血がついていた。
「頭でもぶつけて出血したのかな?」
窓から身を乗り出して外を見てみると、田辺さんの死体があった場所はブルーシートで囲まれいた。
居間に戻ると警察官はおらず、希美さんもメイドさんもいなかった。
「他の方々は?」
「希美さんはエステ、あとは通常業務をさせていますわ」
死人が出たのに通常業務とはなんともドライだ。
「警察の方々は?」
「自殺で間違いないだろうから一回引き上げてまた来るそうです」
自殺にしては不思議なてんがある。
「おいっ、田辺はどこだ? あいつに書類を持ってくるよう頼みたいんだが」
「あなた、しっかりして ショックのあまりちょっと混乱してて……」
やっぱり不思議だ。
「もう一回書斎を見てくる」
この書斎、綺麗すぎる。毎日使うわりにはなんのゴミも出ていない。よく吸うタバコも灰すらないたしか文康さんは昨日遅くまで書斎で仕事をしていたはずだ。全員が眠ったあとも仕事をしていた。
「……裕司、にぼしくれ」
今度は黙って差し出してくる。真面目モードなのが伝わったんだろう。
本当に自殺なのか? 服についた血の跡、荒らされた部屋、侵入者……
「そうか……」
居間に戻り、自殺の真相を聞こうとした時だった。
「今回の依頼はなかったことにしてください、調査費はちゃんと振り込みますので帰ってください」
雫さんが頭を下げてきたのだ。俺らを邪険にしていた雫さんが。多分この人も真相を知っているんだろう。
「わかりました、一晩泊めていただきありがとうございました、また何かございましたらお電話ください」
それだけ言い、外へ出る。慌てて荷物をもった裕司がついてくる。
「帰ったら真相を話すよ」
事務所に付き、ソファーに座る。お茶請けのにぼしをとり一息いれる。
「で、真相ってなんだったんだよ」
多分、道中も我慢していたんだろう荷物を置いたらすぐに聞いてきた。
「……田辺さん、自殺じゃないよ、他殺だ」
「警察に言わなくていいのかよ!?」
「俺らの仕事は殺人犯を探すことじゃないからな今回は『侵入者』を突き止めることだったし、それもわかったけどもういいって言われたしな、多分、奥さんも気づいたたんだろう」
「侵入者って誰なんだよ!?」
気になるのは仕方がないが、にぼしを取り上げないでくれ。
「侵入者は康文さん本人だよ」
「はっ??」
「あの人は多分、若年性アルツハイマーなんだよ。 本も書類も全部自分でやった田辺さんもね」
裕司の手からにぼしを奪い取り食べながら続きを話そうと思う。
「多分、田辺さんは死ぬ前に書斎にいったんだよ 仕事をしてる康文さんに会いに、だけど部屋に康文さんはいなかった。もう寝たんだと思った田辺さんは机に散らばっている書類を片付け始めただけどそこに康文さんが戻ってきた、田辺さんを侵入者だと勘違いした康文さんは田辺さんを後ろから灰皿で殴ったんだ それで田辺さんは死んだ」
「……じゃあ田辺さんを突き落としたのか?」
「それは違う、田辺さんは康文さんをかばって自分から飛び降りたんだよ」
不思議そうな顔をする裕司をみると少し笑えてくる。
「多分、康文さんは殴った後、部屋を出ていったんだ、まだ意識のあった田辺さんは康文さんを庇おうと灰皿を自分の服で拭き窓から仰向けに落ちた。仰向けに落ちたのは殴られた跡を隠すためだ」
「田辺さんは康文さんがアルツハイマーって知ってたのか?」
「あの館の人全員知ってたと思うぞ、書斎が綺麗に片付いてただろう? あれはメイドさんが掃除したんだよ、血痕やら灰やらも全部、康文さんが症状を見せたときも奥さんがフォローしていたしな、希美さんもこの事件を自殺で終わらせようとしてた」
そこまでして守りたかった理由はわからないが、田辺さんの気持ちを汲み取ったんだろう。
複雑な気分の事件だ……