亡霊
嫌に冷たい空気に目をなんとかあける。まわりは真っ暗で何も見えない。もっとよく見ようと、身体を動かそうとするが身体は動かず何かに押さえつけられている感じがする。
「おや? 目が覚めたのかい?」
たわいもない言葉なのになぜか妙に冷たい声が頭の上からする。首すら動かず男の姿を確認することはできない。なぜ俺の身体は俺の意思を無視するのだろう。
男が上からのぞき込むように見てきたことで目が合う。声だけでなく男の雰囲気全体が冷たく、微笑んでいる笑顔ですら冷たい。
「柱場 喜良君、君に決断してもらいたい。 人生最後の決断だ」
この男は何を言っているんだ? そもそもどうして俺はここにいるんだ? 思い出せない。
「君は意思を示すだけでいい。 そろそろ脳の血液も酸素も足りなくなってきた頃だから」
人生最後、この男がさっき言っていた言葉の意味がわかった。
俺は死ぬのか。
思い出してきた、妹の見舞いの帰りに俺は刺されたんだ。通り魔って奴に何ヶ所も何回も。たった一人の家族を一人ぼっちにするわけにいかない。だから願った、神でも悪魔でもいい。俺を助けろと。
だからこんな訳もわかんない場所に居るんだ。
「柱場 喜良 最後の決断だ。 そのまま死ぬかい? それとも幽霊となってこの世にのこるかい?」
こいつは何を言っているんだ? 助けてくれるんじゃないのか? 死ぬか幽霊になるか? どちらも一緒だ。妹を一人にすることになる。
冷たい目とまた目があう。何を考えているのか一切わからない。
「どうする? 君に残された時間は極わずかだ」
くっそ、ただ死ぬくらいなら。俺は幽霊になってやる。幽霊になって、一人にしてしまった妹を俺は守り続ける。
「君の意思を受けとったよ。 今は眠るといいよ。次に会えるのはいつになるかな?」
目を開けると病院のベッドの上だった。よくわからない機械がベッドを囲んでいる。身体を起こし動くことを確認する。どうやら俺は生きているみたいだ、さっきのはただの夢らしい。笑えてくる。
「あら? なんでここのベッド空いているのかしら? あーあ、モニタだしっぱなしで電源ついているし、また山口さんね? もー」
いきなり入ってきた看護師は心拍数、脈拍を測る機械の電源をきってしまう、それよりこの看護師は俺のことを居ないかのようにベッドを片付けていく。
「まったく山口さんったら」
ぶつくさいいながら看護師は出て行ってしまう。一度も俺と目を合わせることなく。
また、笑えてきた。
どうやら俺は本当に幽霊になったらしい。