轟音。

 と同時に、青年の右肩を、思い切り殴りつけられたような衝撃が襲った。体のバネでそれを受け止め、流し、外に逃がす。一連の対応は、青年にとってはもはや脊髄反射の領域にある。

 感慨もなく、青年は右目で男の頭が弾けとぶのを見つめていた。拡大された視界の中、頭をなくした男と行動していたもう一人が振り返る前に、再度発砲。銃声から数瞬遅れて赤が散る。

 残響が耳に張りついて離れない中、青年の懐で携帯端末が震えた。青年は伏せた体勢のまま端末を取り出し、耳に当てる。

『敵性魔族二柱の撃破を確認。任務は完遂。報酬は追って渡す』

「了解」

 電話越しに短い応答がなされている間に、スコープの中では倒れた二人の男──二柱の魔族の元へ黒ローブの集団が群がっていた。

 魔族と魔術師。二つの勢力の戦いは、そのまま魔界と人間界の間で発生している侵略戦争に他ならない。

 魔族は、人間界という大きな「牧場」を手に入れるために。人間は、その侵略から逃れるために。それこそ、人間同士の戦争と同じくらいに、二者の戦いは古くから存在する。

 ただ、その二つの戦いで必要な技術と能力が全く違うだけのこと。故に、魔族と戦うもの──魔術師は、他の人間との関係を隔絶し、魔族との戦いに耐えうる能力を持つ人間のみを受け入れてきた。人の世を捨て、魔道を歩み、魔法を極めるだけの意志がある人間を。

 しかして。

 ひとつ息を吐き出してから立ち上がった青年は、魔術師ではない。人の道に立ったまま、魔族との戦いに身を置く青年の目は、生まれながらの黒を保っている。右手にぶら下げる形になった狙撃銃は、日本という国では珍しいものの、それでも人間の域から外れはしない。唯一染色された赤い頭髪だけが、夜の薄明かりの中で目立っている。

 青年はしばらくその場──高層ビルの屋上──で佇んでいたが、思い出したように再度携帯端末を操作した。慣れた手つきで一つの連絡先を呼び出し、耳に当てる。

『もしもし?』

 コール音はたったの二回しか鳴らなかった。

『どうしたの? 今日、遅くなるって言ってたよね?』

 疑問符を連発する少女の声は、困惑ぎみながら少し嬉しそうだ。

 そういえば、最近は顔を合わせるどころか会話する機会すら少なくなっているな、と青年は思い返す。魔術師の世界に片足を入れている立場では、魔族との戦いやら、魔術師たちの派閥争いやらに巻き込まれる確率が高くなってきてしまう。むしろ、青年自身が問題の種になることもよくあることだ。

「そのはずだったんだが……打ち上げが予想以上にはやく終わったんだ。今日中には帰れるかもしれない」

『ほんと?』

 少女の声がワントーン上がる。

 その分かりやすさに苦笑しながら、青年は続けて答える。

「今から帰るよ」

『分かった、待ってるね!』

 無邪気に喜ぶ声にわずかに罪悪感が芽生えたものの、青年は意識して無視をきめこんだ。

 通話を切断し、振り返った先に人影を見とめてびたりと動きを止める。

 敵ではない。むしろ、青年が生活するためには必要不可欠な人物だ……が、完全な味方とも言い切れない。

 魔族と戦うという意味では味方であり、個人的に付き合うには苦手、と言った方が正しいか。

「まだ妹君に嘘をついているのか?」

 平然と、しかし笑いながら、人影──女は核心を突いてくる。

 カミラ・マギニス。

 若い顔に似合わない白髪と、眼鏡の奥の紫の光彩が非現実的な空気を放つこの女は、正真正銘、魔道を歩み続けた魔女である。

 青年に狙撃銃という武器を渡し、魔族に有効な魔弾を提供し、戦いに身をおく機会を与えた張本人。青年自身はそのことを恨んでいないし、むしろ効率的に金を集めることのできる仕事を与えてくれたと感謝しているくらいなのだが、

「偽名を名乗り続けるのはいいが、家族は大切にするべきなんじゃないかな? ヒビキ」

 何も返せず、青年は黙り込む。

 嘘はついていない、と思うものの、隠しているのならば大して変わらないのも確かだ。

 ましてや、銃を持って異界の存在と戦っているとなれば。日常や常識から、一歩踏み出した場所で金を稼いでいるとなれば。

 きちんと話をするべきなのだろう。青年だって理解はしている。

 いまや、妹はたった一人の家族なのだから。

「まぁ、強制はしないがね」

 言って、カミラは後ろ手に持っていた紙袋を差し出す。

 意味を掴みそこねた青年がうろたえていると、魔女は片目をつぶって言った。

「千年も生きていれば他人のことなんてどうでもよくなってくるものなんだが、そんな私が他人の家族の誕生日を覚えているんだ。礼ぐらいはあってもいいんじゃないか?」