バレンタイン不要論
「今の時代にバレンタインなんて必要ないと思わない?」
平然と言ってのけたのは、我らが生徒会の書紀様であった。
「リア充に片足突っ込んでる人が何言ってるんですかー」
「口を慎みなさい、水無瀬君」
「ごめんなさい」
どうやら俺は、生徒会ベストカップル(仮)のどちらかに話しかけられる運命にあるようだった。特に放課後。理由もなく残っている教室で読書(漫画)をしているときに。
正直、話しかけられるというよりも絡まれるとの方が近いような気がしないでもないが、口に出した途端に面倒くさいことになることは確定しているので賢い選択をしておきたいと思う。
「で、あなたはどう思うの」
「えー……貰えない系男子からすれば、あってもなくても変化なしだからなぁ……」
「へぇ、意外。貰える方だと思ってたのに」
「クラスメイト全員に小分けのちっさいチョコ配る系女子からは貰ったことあるけど」
「義理チョコも退化したわね」
バッサリ言い過ぎです書紀様。
それにしても、少しではあるものの乙女願望のようなものを持っているらしい書紀様が、バレンタインを否定する理由がよく分からない。というかほぼリア充だし。あげる相手いるし。
「バレンタインって本来、『告白する勇気のない女子にきっかけを与えるイベント』だったじゃない?」
「……確かに、そういう説もどっかで聞いたことあるよーな気もするけど」
「チョコあげるうんぬんは関連会社の陰謀ってことでいい。でもね、悲しいことに時代は変わっちゃったのよ」
「つまり?」
「草食系男子と肉食系女子が増加した今、バレンタインは役に立ってないってこと!」
「……なるほど?」
「……どうして疑問形なのかしらね水無瀬君」
思わずごめんなさいと言ってしまいそうになるくらいの気迫だった。
いやまぁ、分からないでもない。どっかで聞いた話では、最近は「告白するのは女子から」が普通になってしまっているらしい。かくいう俺も告白した経験はないのだが、そもそも恋をしたことがないのでノーカンである。異論は認めない。
しかし、確かにいっそのことバレンタインデーとホワイトデーを交換してしまった方がいいような気もする。ガツガツ行っちゃうイマドキの女子に、バレンタインデーは必要ないのかもしれない。結果が今のバラまき系義理チョコだったり女子同士で行う友チョコ交換だったりするのかもしれない。
チョコ売ってる会社は、こっちの方が売り上げ伸びていいかもしれんけど。
「やっぱり水無瀬君じゃ分かってくれないわよね」
書紀様にはため息をつかれた。
なにこれ。
「俺は草食でも絶食でもないんですけれども」
「信じがたいわね。私に手を出さないもの」
「何言ってんのあんた!?」
「冗談よ」
眼鏡を押しあげながら堂々と言う書紀様はいつも通りでした。
いやしかし、一瞬であってもあの書紀様に深刻風な表情をさせるようなものなんて……
あった。
「分かった、あれだ。書紀様は草食系会長に猛アピールしてるのに全然何も返ってこないから、会長さんから『好きだ』って言われたいってことか。それならそう言ってくれればよかっ……」
…………。
……いや、よくない。
というか、今の状況がよろしくない。
書紀様は額に手を当てて俯いているので表情はうかがえない。俺は怖すぎて動けない。
可能なら数秒前の俺を蹴り飛ばして声を出せないようにしてやりたい。なぜお前は地雷を踏むんだと問い詰めたい。無理だけど。
絞首台の上でレバーが下ろされるのを待つ死刑囚の気分ってこんな感じなんだろうか。
「……頭がいいのか悪いのか分からないわね、水無瀬君」
悪役みたいなセリフを吐いて、書紀様は一息にレバーを下ろした。
「もうすぐ卒業式ね。会長に、卒業生代表として水無瀬君を推薦しておくわ。在校生に素敵なスピーチを聞かせてあげて」
「すみませんでしたそれだけは勘弁してください!!」
バレンタインとかもうどうでもよかった。