最期の晩餐

「実践は専門じゃないんだが……そうも言ってられないか」

 白亜の外衣から漆黒の球体を取り出して、フレデリックはひとつためいきをついた。

 複雑に入り組んだ道が交差する分岐点。その中心に立つフレデリックの周りを、十人ほどの私兵たちが囲んでいる。激しい感情を放たれているわけではないが、友好的な雰囲気は微塵も感じられない。

「おとなしく、専門家に任せた方がよかったかな」

 弱気な言葉とは裏腹に、彼は口を歪めて笑みを形作る。

 フレデリック・レイファールは魔法学者だ。

 魔力と魔法のメカニズムを研究し、その結果に基づいて魔法術式を開発するエキスパート。混沌とした新市街の一角に個人研究所を構えてから、すでに十五年が経つ。

 しかし、開発と実践は必ずしもイコールではない。現に、フレデリックの体は魔力から法力を大量に精製するのに向いていないし、法力が少なければ発動できる魔法も限られてくる。

 ドーピングじみた方法での法力精製の底上げも可能ではあるが、リスクとリターンのバランスがすこぶる悪い。

 それが分かっているのか、私兵たちの表情には余裕があった。魔法は弱く、体力もない魔法学者が、戦闘に慣れた集団を相手に勝てる見込みはない。皆無といってもいい。

「あなたは国王陛下の弟君であるのだから、戦う意思さえ見せなければ手荒なことはいたしませんが」

 慇懃無礼に言った私兵に至っては、嘲りの笑みすら浮かべていた。

 フレデリックには戦闘経験というものがほとんどない。魔法は弱く、研究に明け暮れている体では身一つで戦うこともままならない。

 けれど、それでも「戦いたい」という願望がなかったわけでは決してなかった。ないものねだりに似た感情を抱いたまま、それこそ学生時代からずっと、研究室にこもってきた。

 好機は一度。

 法力の精製ができない者には魔法が使えない──フレデリック・レイファールは魔法が発動できないと、相手が勘違いしている状態でなければ。

「そういえば、自ら被検体になるのは初めてだな」

 私兵の言葉に、フレデリックは遠回しに応える。

 魔法学者の実験は、総じて新術式を始めとした魔法の実践だ。

 戦闘の意志あり、と判断したのか、私兵たちが一斉に姿勢を低くする。本気で戦うつもりのあるものなどほとんどいないらしく、口元には余裕の笑みが浮かんでいた。

 構わず、フレデリックは手にした黒球を前に掲げる。

 指でつまめる程度の大きさではあるが、精製にかけた時間は長い。実践を前に、緊張感がじわじわと濃縮していくのを他人事のように感じながら、フレデリックは詠唱を開始。

 同時に、蓄積され続けた法力を解放する。

「〈死肉を皿へ、生き血を杯へ。これより地獄の鳥どもの宴が始まる。汝らは存分に腹を満たせ〉」

 変化は静かに訪れた。

 すでに生成され、蓄積されていた法力を使用しているために、魔法発動の印である上昇気流は発生しない。失敗した、と私兵たちが判断して笑みを深めると同時、フレデリックの足元で、影がざわりと動き始めた。

 骨だけになった翼を広げ、黒い鳥たちが影から立ち上がる。やみくもに翼を動かす鳥たちの羽音が重なり、連なり、いびつなくちばしから放たれる叫び声のような鳴き声が通りに響く。

 私兵たちからは余裕が消え、表情は驚愕と恐怖へと変わる。

 高揚し、ともすれば表情さえ緩めようとする感情を押し殺し、フレデリックは死の鳥たちに号令をかける。

 好機は掴んだ。

 形成は逆転した。

 あとは、この結末を確定するだけだ。

「汝の名は──【最期の晩餐】!」

 蓄積し、濃縮された法力で形成された鳥たちが、私兵たちへと殺到した。