傘・2
「モノノケさん。あなたも、はやく帰った方がいいよ」
言って、エレンはためらうことなく引き金を引いた。
濃紺の銃から放たれた弾丸は、たがうことなくモノノケ──巨大なサンショウウオに命中。
体高三メートル近いモノノケが、九ミリの弾丸に身をよじらせる。
悲鳴のひとつもあげないのは、彼らに発声器官がないからだ。
「わたしは、あなたの天敵だもの」
エレンは容赦なく発砲を続ける。
叩きつけるように降る雨の中、レインジャケットと長靴を装備した小さな体は隙間から入る雨水に濡れていた。
色素の薄い髪はフードに隠され。
青い瞳がモノノケを射抜く。
棒付き飴をくわえているらしい口元では、白いスティックが揺れていた。
対峙するモノノケはといえば。
流動する黒い粘液でできた巨大な体を、よじって暴れさせている。
遊具や近隣の家屋が邪魔をして、公園内では自由に動けないらしい。エレンの放つ弾丸を避けることもできず、モノノケは頭をでたらめに振っていた。
十発近い弾丸を容赦なく叩きこみながら、エレンはモノノケに無感動に視線を投げる。
その懐、レインジャケットの下で、機械音声が──
*
スキル準備完了_
固有スキル:ジャンパーの使用が可能になりました_
コマンドを入力してください_
*
「──《わたしはあなたを跳び越える》」
機械音声が終わると同時、エレンはすかさずスキルコマンドを入力した。
長靴を履いた足元が淡く光を放つ。
スキル:ジャンパー発動。
続けて、
「銃形態から剣形態へ移行」
機械音声が鳴る──
*
アイテム『ネイビー・ブルー Lv.2』の特殊効果が発動しました_
ロード中 *********
完了_
銃形態から剣形態へ移行します_
*
濃紺の拳銃が強い光を放つ。
局所的なホワイトアウト。エレンの右手すら見えなくなるような閃光が消えると、拳銃は紺の刃を持つ片手剣に姿を変えていた。
雨粒が伝う細身の刀身が、モノノケに向けられる。
切っ先を前に向けたままエレンは姿勢を低くして、
「さん」
地面を蹴った。
スキル効果の施された足が、少女らしからぬ脚力で宙を跳ぶ。
空気を裂き、雨粒を弾いて、エレンは直進した。
モノノケへ。
その目と鼻の先へ。
「に」
着地と同時に振り下ろされたモノノケの腕をかいくぐり──黒い粘液の塊が目の前を通り過ぎていった──エレンは再び跳ぶ。
上へ。モノノケの頭を跳び越えるような高度まで、小さな体が舞う。
カウントダウンはスキル連続使用の上限回数。
跳躍のみに反映される強い脚力は、あと一度しか発揮できない。
「────っ」
高く跳びあがったエレンの体を重力が掴む。
真上から見ると、モノノケは小さな公園に窮屈そうに収まっていた。隣接する家屋の瓦すら視認できる。レインジャケットのフードは風に負けて頭から外れ。
エレンはモノノケの背に着地した。限界まで膝を折り曲げて衝撃を吸収。ぐにゃりとへこんだモノノケの体表に、
「……あう」
一度強く目を閉じて耐える。
半液体、半固体のモノノケの体は、たとえ長靴越しであったとしても触れていて気持ちのいいものではなかった。
しかし、それも一瞬。戦闘中なら、その程度の不快さはシャットアウトできる。
エレンは固く閉じていたまぶたを上げる。目を見開く。
背後でモノノケの尾が振り回される。サンショウウオ型のモノノケの弱点はエレンの前方、脳天の位置にある。
跳べば届く場所に。
「いち──!」
長靴が粘液の背を蹴った。
モノノケの尾は、エレンの後ろ髪を掠めるように。
レインジャケットのフードが外れた頭は、ぐっしゃりと濡れて髪が顔に張りついていた。
雨粒が目に入りそうになって、エレンは目を細める。
モノノケの脳天を捉えたまま。濃紺の切っ先を向けたまま。
秒にも満たない時間単位でモノノケの背から頭へ跳んだエレンは、勢いそのまま、片手剣を黒い粘液へと突き刺した。