ゆびわ
警報機がカンカンとけたたましくサイレンを鳴らす。
軋んだ音を立てて下りてくる遮断機を見ながら、北條創太郎(ほうじょうそうたろう)は踏切前で歩みを止めた。
遮断機が下りてきたら踏切には入らず、電車の通過を待ちましょう。
条件反射レベルで脳みそに染みついた常識である。それを無視して線路へ飛び込めば待っているのは死で。それだけで済めばまだしも、結果的に列車の運行に致命的なダメージを与え、利益補てんとして多額の金銭を鉄道会社から求められる事となる。しかも当事者ではなく、その遺族が、である。
死ぬより辛いことがある。当事者より辛い人がいる。
死人に金なし。
飛ぶ鳥は後を濁す。
ほら見ろ、ことわざなんて間違えばかりだ。
そんな下らないうえに笑えないことを考えていると電車が通過し、遮断機が上がった。
そういえばこの踏切に捕まったのは初めてだな、と創太郎は気付く。腕時計を見れば時刻は十八時三十分を回っており、日が落ちて周囲は薄暗くなり始めていた。
社会人一年生としてのスタートを切って早二週間。新調したばかりのスーツとネクタイにまだまだ違和感を覚えるも、見知らぬ土地で一人暮らしをすることに戸惑いと楽しさを感じる毎日。職場はクリーンで定時退社(おそらく最初のうちだけだと思われる)。だったのだが、今日初めての失敗をし、一時間程度の残業を経て今に至る。
普段より一時間近く帰宅の時間がズレると、街の風景も違って見えるものだ。
例えば点在する街灯に照らされるコンクリート。
例えば民家から漏れる家族の会話。夕飯の匂い。
創太郎が借りたアパートは、そんな住宅街を抜けた先にある。
駅から徒歩十五分。二階建てアパート一階最奥一〇五号室。間取りは1K。家賃を考慮した結果、交通の便を切り捨てる形となった。最初は自転車を使う気でいたのだが、道中にある全長三十メートルにもなる坂道(途中、踊り場を経由して反転する)を、帰りならまだしも行きで上るのは辛いものがある。
住宅街を抜け、坂道を下る創太郎。
ふと。
本当に何気なく、坂の踊り場で空を見上げた。その時、視界に入った映像は刹那的で不確かなものだったかもしれないが、創太郎は見た。
空から何かが落ちてきたのだ。
落ちてきたそれはコンクリートに叩き付けられ、ぐしゃぐしゃにひしゃげ、滅茶苦茶になり、赤い液体をまき散らして地面にのさばる。
思考が追いつかず立ち尽くす創太郎だったが、数瞬して思わず後退った。
空から落ちてきたそれが、巻き戻るように元の状態に──ぐしゃぐしゃの滅茶苦茶になった真っ赤な塊から人間の形に戻る。
女性だった。
衣類までは元に戻らなかったらしい。女性が着用しているスーツは大量の血を吸いこんでいて、復帰した白い肌に赤がじんわり滲んで広がる。
彼女の右手薬指には、赤い指輪がはめられていた。