じけん MBS
キッチンコンロの上ではフライパンで焦されたフレンチトーストがジューと音を立て、シンクの方ではバスケットに入ったレタスが蛇口から零れる水を浴びて踊っていた。
朝食を作ることと、新聞を取り込むことが朝の仕事。
静かに流れてくる『イパネマの娘』を聞きつつ、円堂永士(えんどうえいじ)はコーヒーメーカーに水を注ぐ。
窓から差し込む日の光が眩しい。そよ風が爽やかで清々しい空気。だが少しだけ憎たらしくもある。
五月一日。水曜日。快晴。
しかし平日。
世間的にはゴールデンウィークと称されるこんにちも、人と立場と場合によっては休日ではない。むしろ、休日ではない人間の方が大半を占めるのではないだろうか。
永士も漏れなく休日ではない方の人間である。
休みはあるにはあるが基本的にはカレンダー通りで、今年のゴールデンウィークは三日休んで三日仕事。四日休んで平常運行っといった流だから遠出もできず、休日フェーズ1(四月二十七日から二十九日)は日がな一日、パソコンに向かったり、散歩に出かけたり、読書をしていたりといった感じだった。
しかしながら、せっかくの休日にそんな生活をしていてどやされなかったのは不幸中の幸いだった。
永士には同居人がいる。
十二畳ほどのリビング・ダイニングを家の中心とし、左右対称で一部屋ずつプライベートルームがある。キッチンに向かって右が永士の部屋。左が同居人の部屋。
同居人はいまだ就寝中の様子で、出てくる気配がない。
が。
永士は時計を見やる。
時刻は七時を回っていた。
──……そろそろ起こした方がいい……か?
フレンチトーストをフライパンから皿に移しながらそんなことを考えていると、木目の荒いテーブルに乗ったスマートフォンが震えた。
画面を確認せず、サイドボタンをクリックして耳に押し当てる。
「はい、円堂」
業務的に声を出すと即座にレスポンスが。
『座標37364・90781』
ブツリ、と途切れる通話。発音した、というよりは機械音声に近い。
直後、キッチンに向かって左側の部屋の扉がゆっくりと開いた。
目をこすりながら部屋から出てきたのは、十二歳くらいの黒髪の少女だった。
「準備しろ、瑠可(るか)。朝飯はお預けだ。仮面売りが出たらしい。──っと、あと眼帯忘れんなよ」
「……ほあ?」
永士はスマートフォンをポケットに突っ込みながら寝起きの少女に告げる。
「円堂班、出動すんぞ」
にわかにざわつき始める朝の空気の中、コーヒーメーカーが準備完了のアラームを鳴らしていた。