たいむせーる
『──百グラム、二十九円! 鶏むね肉、百グラム二十九円!』
どこからともなく流れてくるタイムセール開始の声が耳に飛び込んできた瞬間、杏子はハッとなった。
そうだった。気を抜いていた。忘れていた。この時間帯のスーパーが戦場になるということをうっかり失念していた。鶏むね肉が百グラム二十九円? 馬鹿じゃないのか店が潰れるぞと心の中で毒づくも、それはただの憂さ晴らしで、馬鹿なのは開幕早々出遅れている自分だった。
慌てて走り出したが周囲は閑散としている。完全にディレイド。
活気があるのはスーパーの隅にある精肉コーナー。
駆けている途中、お菓子コーナーから飛び出してきた人間と並走する形となった。杏子は並走する女性の顔を一度だけ確認してからすぐに前に向き直る。
「佳世ちゃんか」
見知った顔だった。
というより、高校時代の同級生だった。
遅れて佳世が気付く。
「……杏子!?」
卒業以来、約八年ぶりの再会。思い出話に花を咲かせたいところではあるが、如何せんTPOが悪い。会話こそあれど、交わされるそれに和やかさなんて感じる余地もなかった。
「久しぶりだと言いたいところだけど、佳世ちゃん」
「みなまで言わないで杏子。ここは戦場」
「今この瞬間は敵同士だ」
「毎日自転車に乗ってる主婦の脚力を見せてやる……!」
「なんだ佳世ちゃん、結婚したのか落ち目だな!」
「二十五にもなって独り身かな杏子は! ガサツなところは変わってないね!」
これを最後に無言になる二人。
少しすると調味料とカップめんが並ぶ棚の間を抜け、開けた通りに出た。
左に視線を走らせると山のような人だかりが。
主婦という主婦たちが鬼の形相で鶏むね肉のパックを取り合う光景が目に飛び込んでくる。
そしてまた二人。死屍累々の白兵戦へ参戦していった。