あるばいと
店の前を古式ゆかしい竹ぼうきで掃きながら、杏子はふと思った。
清掃マシンでもあれば、掃除なんてすぐ終わるのでは?
杏子が働く薬局・龍心堂は、マンションの一階に店舗を構えている。
四階建。
賃貸マンション。
2LDK、ワンフロア三室、屋上一室の計十室。
マンション自体が小規模な建物だから、店先のスペースもそんなに広くはないのだが、商店街からほど近い所にあるせいか、マナーの悪い人間がポイ捨てしたゴミが流れ着くことが多々ある。
朝晩二回、ほぼ毎日掃除をしている身としては、少しでもその清掃作業の負担を減らしたいところ。特に朝のそれは億劫だ。身体のコンディション的に。
「ってわけで、誠、掃除機が欲しいんだけど」
店内へ戻り、さっそく店主に直談判。
店主の青年、龍崎誠は棚に商品を並べていた手を止めて言った。
「は? いいから掃除を終わらせてこい」
まあ、そうだろうなとは察しが付いていた。
取り合ってくれない感じの答えが返ってくることは、杏子も予想していた。
外へ戻り、古典的な竹ぼうきをさっさか払いながら、杏子は思った。
このほうきが清掃マシンとはいかないまでも、もし、ちり取り付きの柄長ぼうきになったとしたら?
「楽なんじゃない? ほら、アンタも掃除する時あるじゃん。竹ぼうきだとゴミ集める時に細かい作業ができないんだよね。そう思わない?」
再び店内。
店主と交渉。
空になった段ボールを潰してから、誠はジト目で苦言を呈する。
「俺が掃除をする時っていうのは、神藤、お前が寝坊するか、単純に忘れているかそのどちらかの場合だ。いいから掃除を終わらせてこい。さもないとお前の給料が分刻みで掘削されていくぞ」
給料を人質にとられた。
いや給料だから金質か。しかしそれだと字面的に意味合いが違うか。
というような下らない事を考えながら、杏子は店の前に置いてあるベンチに座って竹ぼうきを適当に払う。空を見上げて、流れて消えていく雲を眺めて──はっと気付く。
「誠!」
「……今度はなんだ」
声を張り上げて再度店内に入ると、脚立に乗って高いところにある商品を取ろうとしていた店主が面倒そうに振り返った。
そんな店主に向けて杏子はにやりと笑いながら、
「いいこと思い付いた」
数週間後、商店街を中心に、近隣住民たちによるクリーンアップ活動が行われた。
この活動は翌日の新聞、テレビ、各メディアで取り上げられた。
クリーンアップ活動企画立案者の神藤杏子は、新聞社の取材で、こう答えている。
「掃除ね、掃除。
私、掃除ってあんまり好きじゃないんですよ。
理由? そんなの、自分が散らかしたゴミじゃない物もあるのに、なんで私がやらなきゃいけないんだ。って思ってるからです。それは今も変わらないですね、正直言って。
私、薬局でバイトしてるんですけど、そこでまあ結構ぞんざいな扱いを受けてるんですが、いやホントですって。一回見に来てくださいよ。龍心堂っていうんですけど。
……あ、今のところ使わないでくれます?
そうしないと私が龍心堂からクリーンアップされちゃうんで。
で、
主に雑用をやってまして、朝晩掃除をしてるんですけど、まあまあ面倒なんですよ。
だから楽しようと思って便利な掃除機とか買ってくれって頼んだんですけど、そんなん知らんって言われちゃって。
それから、ふと、あーじゃあゴミ無くなれば掃除しなくて済むなーって思って。そんな感じで今日のクリーンアップに至った感じです。
え?
結局、自分も清掃活動に参加することになって逆に面倒だったんじゃないかって?
ホントそれ。
まあ、でも、いいんじゃないですか?
楽と便利って、似てるようでぜんぜん違うし。いまは手間だけど、みんなでやっていくことでそれが普通になって、当たり前になって、楽になることもあるんじゃないですかね」
杏子の言葉は一言一句逃さず記事に使われていた。
その後の龍心堂における杏子の進退は、定かではない。