きょーだい

「まじ、スンマセンっしたあああああああああああ!」

 膝を折り、両手を床に付け、絶叫しながら全力で頭を振り下ろす人間がそこにいた。

 劣化して薄汚れてしまっているリノリウムもなんのその。額を床に押し付け、黒髪をぶちまける。

 綺麗な、というよりも、心の底からほとばしる罪悪の気持ちを全身全霊そのまま吐き出した謝罪の姿勢だった。

「ホンット、なんでこんな事になったかなぁあ! いえ理由は分かっています。全てこちらの教育が行き届いていなかったからですすんませんんんんん!」

 そんな見事な土下座に感服してか、哀れな姿を見兼ねてか、対面のソファーにいたスーツの男が半立ちになりながら言った。

「あの、お姉さん。そこまでされなくても……誠意は十分伝わってきましたので」

 苦笑していた。

 完全に後者だった。

「そ、それに、みなさんの目もありますし」

 言って男は、ちらりと視線を動かした。

 並べられたデスク。

 上積みされた書類の山。

 部屋の端々に設置されたソファーに放りっぱなしにされているスーツの上着や作業着。

 ひっきりなしに電話が鳴るも、二十メートル四方の部屋にいる人間の数は七、八人と少なく、対応できないことは織り込み済みなのだろう。誰も受話器を持ち上げる様子はなかった。

 室内にいる数人それぞれが、こちらに向けていた冷ややかな目を、逸らすようにデスクに落としていく。

 男は、いまだ全力で土下座する女を床からひっぺがしてソファーに座らせ、顔を近づけて言う。

 小声。

「……本部に残っている人は少ないですが、ここがどんな所か……お姉さんも知っているでしょう」

 目立つことはするな。

 平坦でいてくれ。

 男の言葉にはそれらの意味合いが含まれているであろうことを、女は理解している。

「……ええ」

「では、早速ですがこちらにサインを」

 対面したソファー間にあるテーブルに置かれる書類。

 女はさらりと署名してソファーから立ち上がり、閑散とした室内をひとしきり見渡してため息をつく。

「しっかし、今日も少ないですねえ人が。──また、出動ですか?」

 その問いに、男は軽く頷いた。

「ええ。朝からすでに三件」

「うわあ……それはそれは、忙しい事で」

「まあ、昨日、楓(かえで)くんが当たった案件と比べれば、軽いもんですけどね」

「でも」

 楓は結局のところ失敗しましたからね。と女は自嘲気味に言う。

「……あまりお気になさらず」

「気にしてなんかいませんよ。──弟の失敗は、全部、私の責任(せい)だから。ま、とりあえず燠田ヨーコ(おきたようこ)、燠田楓を確かに引き取らせていただきました」

 言ってヨーコは、隣のソファーでぐったりと横になっている少年を担ぎ上げた。

 よたよたと覚束ない足取りでその場を後にするヨーコの後ろ姿。男は、背中を見送ってから書類に目を落とし、ぽつりともらす。

「燠田姉弟、か……」



 私、燠田ヨーコ(以下、オペレーター)は、昨日四月八日の帝都空港爆破テロ鎮圧の任において、燠田楓(以下、ヴァレット)を現場に投下したことを認めます。
 損害報告。
 主兵装、半壊。
 副兵装、全損。
 左腕神経の一部欠損。
 また、自動修復モードに移行しているため、任務への即時参加は不能。
 最短で一日の期間を要する見込み。
 ヴァレットとしての活動目的を果たせないと判断したため、オペレーターの権限より一時的に全任務から離脱することを班長・水城壮真(みずきそうま)に報告いたします。

 機工犯罪課第十三班・オペレーター
                燠田ヨーコ