わがはいとこたつ

 わがはいはネコである。名前はまだない。

 アイントホーフェンという呼び名があるが、これは名前ではない。ないはず。ないと思いたい。あれ願望?

 栗毛のネコだ。と思っていたら、しっぽの真ん中あたりに少しだけ黒毛の部分をはっけんしてしまった。

 じぶんでも気付かないことに気付いてしまうという体験を経て、アイントホーフェンという呼び名は、もしかしたらわがはいの名前なのかもしれないという疑心を持つようになった。無名だということになんだか自身がなくなってきた。

 さておき。

 さいきんめっきり寒くなってきて、出かけるときはいっぱい着込んでいかないとぶるぶる震えてしまう。いや、わがはいも類に漏れないから。毛だらけだけどその上にさらにネコ用の毛糸ベストとか着てるから。

 あのねー、獣類が毛に覆われてるからって寒さに強いと思うなよバカヤロー。

 わがはい生まれも育ちも東京。根っからのシティー派だぞコノヤロー。

 そんな、けものも震えるさむーい季節をむかえ、わがはいのいえに見たこともない家具が姿をあらわしたのは、つい二日前のことだ。

 テーブルとふとんが合わさったようなカタチをしていて、わがはいの主人であるマナミは、ずーっとそこに立てこもっている。

 かたわらには雑誌の山とせんべいの袋とペットボトル。

 飲食すること風のごとし。安眠すること林のごとし。すでにいっかい読んでいる雑誌をもう一度熟読すること火のごとし。立てこもること山のごとし。

 風林火山。これが武士か。

 不動。これが明王か。

 おそるべしYAMATONADESHIKO。

 世界広しといっても、これほど幻想を粉々に打ち砕く生き物はそういないと思う。東京からでたことないけどね、わがはい。

 それにしてもマナミよ。なんだその腑抜けたツラは。

 よだれ。よだれ出てるから。

 いや、たしかにお前がふとんがすきなのは知ってるけど、そこまで気ぃ抜けるの?

 そんなかんじでほっぺをグニグニしていると、首根っこをつかまれて不思議家具の中に引きずりこまれた。

 こ、これは……。

 だんぼうが入っているのだろうか。ぽかぽかしていて気持ちがいい。そしてふとんのやわらかい感触。もしもこの中に埋もれたら、どうなるんだろう。

 やってみたい。でも、やったら帰ってこれない気がする。

「猫はこたつで丸くなるんだよ〜」

 ねぼけているのか、マナミがそんなことをいう。

 こたつ。

 ……ほう。これはこたつというのか。

 世界から隔離されたこの暖かい空間に身を投じれば最後、現実世界に帰ってくることはできないかもしれない。だが、わがはいはネコである。ネコとは気ままである。そしてなにより自由であるよってわがはいは本能にしたがうだけなのであるこんな感じでいいかな理由づけ。

 というわけで。

 わがはいは、冬の風物詩ともいえるこたつと出会うと同時、脱水症状になるという経験をしたのであった。まる。