詠唱・闇

 凶器の所持は認められていない。もっとも、私物の持ち込み自体が禁止事項に該当する。もう一度ポケットを確認することをお勧めするよ。

 ……もういいのか?

 いや、早い分には問題ない。失格者が出てしまう方が問題だしな。

 ギャラリーも集まってきていることだし、そろそろ始めようと思うんだが準備は?

 では、キミたち二人にアドバイスをしておこう。助言は三つ。単純明快。

 咆えろ。

 死ぬな。

 勝て。

 まあ、危険だと思ったら私が止めるから心配は、

『──これより昇格試験第一回戦を開始します。該当の二名は速やかに入場してください』

 おっと。そろそろ入ろうか。

 これが終われば、どちらかが《魔術師》だ。健闘を祈る。


   *


 右手首の腕輪が外れ、地に落ちて砕け散った。

 大気のざわめき。

 高い壁に囲まれた直径約五十メートルはある円形状のフィールド。その中心で対峙する二人に中てられ、空気が微動している。

 無音。

 会場一帯が沈黙に包まれ、ギャラリーたちの時の感覚が狂いだす。奇妙にゆったりとした時間経過。まるで永遠にも感じられるほどに鈍く、遅く。

 しかしその沈黙は、すぐに消し飛んだ。

 対峙する二人の中心。視線がぶつかり合った地点の正に真下。王立学園のシンボルが刻み込まれたコンクリート製のエンブレムにピシリと亀裂が走った瞬間、二人の姿が消えた。

 双方、後方に飛び退り、魔法陣を展開。足元に広がったそれを踏みしめて詠う。

「帰る事のできない場所が在る。知り得ていても遡行を非とする時がある。それは得てして救いではない。それは是として正ではない。見定めるのは自分だけだから。でも。それでも。戻れないのは僕だけでいいから」

 黒の魔法衣(ブレザー)に身を包んだ少年ジャックは片目を開いて言葉を紡ぐ。

「辿り着けない場所など無い。すべての選択を非とする事などできない。それは得てして罪である。それは主として間違いである。決めるのはいつも時だから。しかし。そうだとしても。成れないのは私だけでいいから」

 対する白。少年ラッセルは両目を見開いて殴りつけるように言葉を吐き出す。

 魔法陣の煌めきが増大。併せて魔力の錬成反応である上昇気流が吹き荒び、フィールド一帯が暴風に見舞われた。

「希望が沈む瞬間の、虚ろげな翡翠を脳裏に焼き付けろ!」

「認められないのならば、全てを、全部を、総じて、塗潰そう!」

 そして終。

 完唱。消え去る暴風。

 一瞬の沈黙が時を止め──吐き出された絶叫が秒針を震わせた。


「──『アルペジオの夕闇』!」

「──『アルペジオの常闇』!」


 ジャックの魔法陣から黒い錨(アンカー)が大量に出現。連なる鎖が触手のように蠢いて標的に殺到していく。

 ラッセルの魔法陣が背中に移動、展開。無数の翼が伸び、そこいら中にまき散らした膨大な量の羽根が標的に殺到していく。

 闇の中魔術《アルペジオ》シリーズ。

 術の強度は同等。雌雄を決するのは、術者が持ち得る自己の犠牲心だけだ。