耳かき

「……私の耳かき、どこにやった?」

 耳の穴がなんらかの理由で、どうしようもなく痒くなった時、人はたいがい指で掻こうとするが、たいがい途中でつっかえてしまう。そのため、指より細い棒状のものが必要になるわけで、耳を掻くという行為において専用の道具がこの世には存在する。

 耳掻き。

 先端がへら状になった細長い棒状の道具のこと。

 材質は竹であることが多いが最近では金属製の物も出てきているらしく、その存在を聞いた時は戦慄したものだ。というのも僕は微弱ではあるが金属アレルギーの気があり、シルバー系アクセサリーに触れることすらおっかなびっくりという感じだから、耳掻きについてはもちろん竹材派だし、どちらかというと綿棒のソフト感の方が好きで、むしろ綿棒派なのだった。

 で、その耳かきなのだが、現在進行形で行方不明なのだ。

 そしてその持ち主たるミズキ(妹)は、現在進行系でご立腹中なのだ。

「簡潔なナレーション、どーもありがとう。で……どこにやったの? 私の耳かき」

「言っておくが、僕は使った覚えなんてないぞ」

 誰が使うか。

 妹の耳かきなんて。

「使ってない? はぁん? 使ってない?」

「なぜ疑う」

「使ってない? はぁん? 使ってない?」

「なんで二回言った。つうか、お前の耳かきっつったらモロ金属じゃねえか。僕が使えるとでも思ってんのか」

「諦めるな兄貴! エネルギーは気からだよ!」

「確かにエネルギーはイコールで気だが、僕はエネルギーじゃない。アレルギーだ」

「イネルギーは良い肥料です!」

「その通りだが、なぜ今ここで稲作りに大活躍の肥料の話を持ち出した!? そして僕はアレルギーだ!」

 それはそうと、耳かきの話はどこへ行ったんだ妹。

「あ、危なかった……兄貴の華麗な切り替えしで、本来の目的を見失ってたよ」

 嘘つけ。お前と話すと、たいてい話が脱線するじゃねえか。

「で、僕の疑いは晴れたのか?」

「いやぁ疑うも何も、私は最初から兄貴が犯人だと決めつけて掛かってるからなぁ」

 決めつけてんのかよ!

「何か証拠はあるのか! 僕が犯人だという確証は!」

「ほら、だって兄貴ってアレじゃん。シスコンじゃん」

 違ぇえええええええ!

「あのねミズキちゃんんん! 僕はねえ、シスコンではないんだよ。シスコンではないんだよ。ただ年下が好みなだけなんだよ!」

「うわぁ……自分からロリコンを肯定するんだ……」

 冷めた瞳で僕を見るな! やめろ!

 別にいいじゃないか年下が好きだって! 肉親を好きになるより全然健全じゃないか!

 そうさ、そうだよ。そうなんだ! ロリコンとシスコンには雲泥の差があるんだよねえそうだよね、そうだと言ってよ妹ぉおおお!

「あ、うん……ね」


 閑話休題。


 目下の問題は、僕がシスコンなのかロリコンなのか、ということではなく、耳かきの所在だ。本のタイトル風に言えば……やっぱりやめておこう。ものすごく馬鹿にされそうな気がする。

「誰にー?」

 お前にだ。

「まあ、とりあえずアレだ。僕は金属アレルギーなんだ。好き好んで鉄に触れるかよ」

「それは、鉄に触れる轍(てつ)は踏まないって解釈でオケ?」

 オケ? じゃねーよ。間接的に僕をスベらすな。

「まあまあ、怒らない怒らない。寿命が縮むよ?」

 誰のせいでこうなってると思ってんだ。

「でもさあ、兄貴って燃え体質じゃん?」

「うん? なんだ藪から棒に」

「それに振るルビは、藪からスティ」

「言わせねーよ」

「うぐ、やるな兄貴……隙がない」

「ことあるごとに僕をスベらそうとするな。それで、確かに僕は火へん的な意味で燃えやすい体質だがどうした」

「うん。思ったんだけどさぁ、それって耳かきの消失に関係してこないかなって」

 ……うん? どういうことだろう。

 僕の熱意は、金属製の耳かきを軽く溶解させるとでも言いたいのだろうか。だとすれば妹よ、お前の兄貴は人間じゃないことになるぞ。嫌だよそんなの。

「いや、そういうんじゃなくて、例えば」

「例えば?」

「金属アレルギーをねじ伏せて耳かきをする決意」

 かっこいい!!

「金属アレルギーをかえりみず、指輪をつけて騎士の誓いを立てる」

 何者も恐れない騎士の誓いは主君への誠意!

「金属アレルギーを起こしながらも、大切な人を守る」

 な、なんだか本当に僕がミズキの耳かきを使っていたような気がしてきた……

 いやいやイカン、これ以上僕の心を燃やすな!

「金属アレルギーを恐れず、妹の耳垢がついた耳かきで吐息を漏らす熱意」

 かっ……こ良くねえ!!!!

 危ねえ。危うく騙されるところだった。

「チッ……」

「舌打ちしたな。お前いま、舌打ちしたよな」

「えーなんのことー?」

「有り体にとぼけた!?」

 こいつ、初めから僕をはめるつもりか。というか元より、「私は最初から兄貴が犯人だと決めつけて掛かってるからなぁ」と公言しているわけだから、それも当然といえば当然だ。

 とは言うものの僕は僕で、妹のこのテキトーな性格はよく熟知しているから、恐らくミズキが耳かきをなくしたのは、机の上やらテーブルの上やらソファーの影やら、耳かき以外の物もごちゃまぜに散らかして、そんな感じでテキトーに散らかした物をテキトーに片づけている内にどこかへやってしまったと考えるのが妥当だ。

 これは一度、ミズキの記憶を掘り起こさなくてはならない。

「おいミズキ。ペンと紙を取ってこい」

「はぁ? なんで?」

「いいから取って来い。お前の記憶を洗いざらい紙に書いてもらう」

「プライバシーの侵害よ!」

「やかましい。いいから取って来い」

 ああ、ようやくこれで僕は、身の潔白を証明する事ができる。この小うるさい妹から解放される。

 現在時刻二二時三八分。土曜の夜はまだ長い。

「────あ」

 不意に、机の上にあるペン立てに手を伸ばした妹から気の抜けた声が聞こえた。

 何気なく目を向けてみれば、妹の左手が銀色の棒をひっしと握り締めているのが見えた。