三 日・沈む
しかし、仕方ない。それに後悔もしていない。血によって傷みすぎたうえに、〈悪堕ち〉との戦闘中、かわした攻撃が髪を引きちぎったこともあった。そのままにしておくのは、あまりにも不恰好すぎる。
「拒絶は無駄だ。諦めろ」
「こっちの身にもなってみろ。と言いたいところだが、理解しないだろうな」
諦めのため息を吐きだし、シルヴィは海へ目を向ける。
青い空と海、白い雲と波。赤と黒とは正反対の色彩が、そこには広がっている。内陸育ちのシルヴィにとってこの景色はこれ以上なく新鮮なものだったが、天使に監視されることが判明してしまった今、純粋に楽しむことなどできそうになかった。
「それで、人間。これからどこに向かうつもりだ?」
フェリクスが問う。
反抗の意志すら持たず、主の命令に従って動く天使は、その任務に必要な情報を集めるためだけに会話を成り立たせようとしているようだった。
感情を知らない声だ。こればかりは、長く付き合わなければどうしようもないことなのだが、シルヴィからすれば長い付き合いになること自体を断りたいところだった。
問いには無視を決めこもうかとも思ったが、それでは駄々をこねる子供のようだ。青と白の色彩から目を反らし、金髪碧眼に向きなおる。
「北の島国に」
「……北?」
怪訝そうな表情を作るフェリクスに、シルヴィは彼の背後ろを指さして応える。
フェリクスが振り返って視線をやった先には、一隻の帆船が浮かんでいた。若干距離は離れているものの、その巨大さはアンブシュールの港にあって一際目立っている。