第三章
『まもなく、一一番線に池袋・新宿方面行きの電車が参ります──』
頭上から落ちてくる定型文のアナウンスに反応して、梶宮はどうにか顔をあげた。
正面、向かいのホームからは丁度電車が発進するところで、シルバーの車体に引かれた緑色のラインが右方向へと流れていくのが見える。
岡野と別れ、当てもなく東京をさまよい続けてすでに二週間が経過していた。
都心部に限っているとはいえ、東京というエリアはかなり広い。行き交う人々も膨大で、その中からたった一人の人間を探し出すことなど、本来なら不可能である。
それも、一回すれ違っただけ。知っているのは容姿だけで、さらに向こうがこちらを認識しているかも怪しい──という相手であれば、再会は絶望的だ。
だいたい、彼女の行動圏が東京にあるのかが疑問である。
出会ったとき、彼女は男と二人で歩いていた。
東京まで出てきていたのは、単に「デートだったから」かもしれない。
そして、彼女はしばらくの間、誰かとデートすることはないだろう。
その原因を作ったのは他でもない、梶宮である。
「運命の出会い、か……」
梶宮の声は、目の前を通過した電車の音でかき消された。
車体に押された風に叩かれ、梶宮は思わず目を閉じた。伸びた前髪が顔面に貼りつき、こそばゆさをともなう不快感を与えてくる。
運命の出会い。
いかにも幻想的で、夢にまみれた言葉ではあるものの、それは確かに存在する。
梶宮がかつてキューピットとして行っていた、「恋人同士を赤い糸で結ぶ」行為は、いわば祝福である。