第2章

 これが不自然な状態であることは、重々承知している。けれど、僕が生きていくためには、荒れた心を静かにする必要があった。荒れることも大切だし、動かないことは不自然だが、あまりに荒れすぎると日常生活に支障をきたす。頼る相手がいない僕は、一日中塞ぎこむなんていう日が三日も続いたら終わりなのだ。社会的にも、経済的にも、もちろん肉体的にも。

 だから、何事もなかったように──何事もないように、心を止める。なにも感じない。なにも思わない。なにも考えない。これが理想だ。一瞬で楽になれる、最高の方法だった。

 凪いだ心に、ざわりとさざ波がたつ。左からの足音だ。

 まぶたを上げ、左方へ視線を移す。芝生の上、墓石の間に立っていたのは、気の弱そうな壮年の男だった。よれよれのダークスーツに、白い花がよく映える。似合っているとは言えないのが、少し残念なところではあるが。

「すみません、お邪魔してしまいました」

 頭を下げる男に対し、僕は首を振って応える。

 確か、コッカーと名乗った殺人課の刑事だ。デスクワークの方が似合いそうな風貌ではあるのだが、その実力に関しては否定することができない。グレッグ・ブリューの事件を担当し、有力な証拠を抑えたのは、コッカーの眼力によるものだと伝え聞きもした。

 おそらく、その事件を忘れてはいないのだろう。コッカーは頭を下げてから、手元の花を一輪ずつ母と妹の墓石に手向けた。残る花は七。グレッグに殺された被害者の数と一致する。

「一輪、足りませんでしたね」

 ぼそりと言ったコッカーの言葉を飲み込むのに、時間がかかった。理解してから慌てて否定する。