第二章 深奥に滲む
「未来に呼び寄せたっていうのは、具体的にどうやって?」
問うとミラベルはすぐに返答する。
「全てを開示することはできませんが、時空間召喚術の一つです。老樹の国(アトウッド)の技術の粋を集めた術式で、過去の時代から燠の魔法使い(イド)様を呼び寄せたのです」
道理で。
それならばイドの立ち振る舞いにも納得がいく。
仕方がなかったのだ。イドは言葉そのまま意味そのまま、友の死など知らなかったのだから。
「酷いことするねぇ」
軽薄に笑うとミラベルは苦悶の表情を浮かべた。
「こうする他なかったのです……」
推測するに、イドを呼び寄せたのは国の戦力を立て直すためだろう。
ローヤは知っている。
老樹の国(アトウッド)が有する武力の遊撃機構が機能していない事を。
「王様は健在なのにな」
「……ローヤ様は憎らしいお方なのですね」
「はて何のことやら。俺は別に現・華燐王のことなんか詳しく知らないヨ」
肩を竦めておどけて見せる。
ミラベルはその様子を恨めしそうに見ながら嘆息交じりに口を衝く。
「その現王が名ばかり(役立たず)であることくらい、ご存知でしょう」
国には兵団や騎士団の他に、戦力の一つとして強力な別を保有する。
老樹の国(アトウッド)においては王がその役を担っていたのだが、ローヤも知る通り、現王は華燐王の力の源泉を持っているだけの張りぼて。
ならば外部に戦力を求めようという動きは正しいのだろう。イドの力が絵本通りであれば現王に取って代わるどころか本当に一騎当千の兵を保有できる事になるのだから。
ただ、他人の人生を巻き込んでまで達しようという在りようは身勝手極まりない。
しかし疑問もある。
絶大な遊撃手に値するイドが居ながら、先の襲撃を受けた際に何もできなかったのは何故なのか。
それを問うと、ミラベルはみるみる顔を青くした。
そして思い出したように発声。
「イド様を追わなければ!」
びくりとローヤの肩が跳ねる。
「あのお方が燠の魔法使いであることは間違いありません! しかし、現状力が弱まっている状態なのです……」
どういう事かと言うと。
ローヤの腕輪を指しながらミラベルは説明する。
「その腕輪には、魔力(マナ)を分散させる力が込められています。故に装着者は術を使う事ができないのです」
地下通路でイドが火を操っていたことを伝えると驚きながら、しかし状況の分析も兼ねた言葉をミラベルは続ける。
「有り得てもおかしくありません。魔法使いとは、そう言う規格外の者たちに与えられる異名です。それに、城には特大の魔消(カット)の陣を敷いておりました」
「魔消?」
「はい。全方位の魔力(マナ)に関する一切を消し去る強力な陣です。先の大蜥蜴の火炎。あれは魔力(マナ)由来の炎」
「ん。それなら防げたはずだろ」
「ええ。しかし恐らくはイド様の持ちうる魔力(マナ)が膨大すぎて、腕輪の効力を貫通した上でなお強大なそれに魔消の効力の方が削られていた可能性があります……! そうでもなければ」
「はあん。でけえ蜥蜴の火炎が通る道理は無いってことか」