Scene.4 仮面の下
「君も理解しただろう。自分の鮮やかさを」
「あれが」
悪寒が背中を走る。
死に至る傷など一つも負っていないのに、このまま死体のように冷たくなってしまいそうだった。いっそ自分で死んでしまってもよかったのだが、オクルスはその思考すら読み取っているように私の右手を掴んでいる。
「あの赤が、私の……?」
「よく似合っていたよ」
オクルスの口元が弧を描いた。
「情熱的で猟奇的な生命の赤は、まさに君のための色だ。あれは決して世界のための色ではない。レディの持つ純粋すぎる赤色を受け入れられるところは多くないだろう」
いつの間にか、オクルスは両手で私の右手を包み込んでいた。
「私と共に来てくれるね、レディ」
確認のように、オクルスは問いかける。
答えは一つしかない。
一つしか許されていないし、それが最善の選択肢だった。
言葉もなく、私は頷いた。
血を浴びて束になった髪が、顔の前に落ちてくる。
視線を落とすと、私とオクルスは思った以上に近くにいた。ほとんど身を寄せ合っているようで、それでも接近を感じなかったのはオクルスが体温らしい体温を持っていないからなのだろう。
ナイフを握り締めた右手が血で汚れた白手袋の両手に包まれていて、改めて目で知覚すると意識が強くそちらへ向けられてしまう。
──まるで恋人じゃないか。
胸を高鳴らせる要素など、どこにもないのだけれど。
「……私を、どこに連れて行くの?」
その問いは、せめてものあがきだった。
聞いたところで、なにかが変わるわけでもない。私はもう罪人で、しかも精神病院に入れられそうな殺人中毒者だ。
オクルス以外に頼れる相手もいない。
どこだろうと、行くしかないのだ。たとえそこに、死よりひどい結末が待っていようとも。
「アグロー。アメリカ合衆国の荒野にある、無法者の町へ」
笑みを絶やさずに、オクルスは答える。
無法者の町。なるほど、殺人中毒者にはぴったりだ。
平和に浮かれた町よりも、強い光を放つ友人のとなりよりも、お似合いだろう。
外から聞こえる複数人の足音だって、そうだ。私は本来、追われるべき人間なのだから。
「約束を覚えてる?」
「どの約束だね?」
私とオクルスの間を問いが往復した。
「私はこの世界を捨てて、あなたを選んだ」
あるいは、灰色の仮面を捨てて、赤い仮面を選んだ。
「──あぁ」
「魔法を見せて、オクルス」
「仰せのままに」
私の背後、閉まりきらない扉の向こうで、足音がする。
追っ手は少しずつ、確実に近づいていた。それでも落ち着いていられるのは、オクルスがいるからなのだろう。──認めたくはないが。
「仮面の下の美しいレディは、私だけのものだ」
扉の開く音がしたのは、私の視界が闇に覆われた直後だった。