Scene.3 薄れゆく仮面
「──ぇ。ねぇー、聞いてる? 遥香―?」
詩織の声がやけに近くから聞こえて、ようやく我に返った。
ふらふらと揺れる手の向こう側に、私を覗き込んでくる詩織の顔がある。珍しく心配そうな顔をしていて、その分だけ彼女の光が弱まっていた。
詩織に感情の色が見えて、背に悪寒が走る。
「あ……」
「心ここにあらずー……って感じだったけど、ていうか今もそうだけど、大丈夫? もしかして気分悪い?」
「いや、大丈夫、だけど」
「そうー?」
はやく元通りの詩織に戻ってほしい──と、自分を棚に上げて思う。
しかし、彼女が色を持っているのは私のせいで、つまり私が平静を取り戻さなければならない。呼吸を落ち着かせて、記憶を整理する。
高校が長期休暇に入ってすぐ、詩織から映画に誘われて、私は彼女と出かけていたのだった。よく分からない恋愛映画を見て、その後、語りたがる詩織に連れられて近くのカフェに入って──それからはほとんど覚えてない。
「んんー? まさか……遥香、さっきの映画結構気に入っちゃった……!? それでちょっと上の空だった的な!?」
「あ、えっと……それでいいかな」
「なーんか返事がヒトゴトっぽいように聞こえるけど! いつも通りに戻ったみたいだし、まぁいいかー」
少し腰を上げていた詩織は、椅子に座り直してストローを口に挟む。コップの中に半分ほど残ったアイスティーがするすると量を減らしていく。
私の手元にあるカフェオレは、運ばれてきたときとほとんど量が変わっていない。自分が本当に最初から上の空だったことを思い知る。
「うーん、でも、遥香、前とは雰囲気が変わったようなー」
ストローをくわえたまま、詩織は私と目を合わせずに言う。
光は相変わらず弱ったままで、私はそれを認めたくなかった。詩織は特別な存在、というよりも、特別でなければならない存在だった。
だって、その特別さがなければ、私は社会に適合できない。
「変わったかな? 気のせいだと思うんだけど……」
「そーかなー、なんか、遠くに行っちゃいそうな気がして」
行ってしまいそう、というのが引っかかった。
私はすでに、越えてはならない一線を踏み越えている。連続殺人鬼、しかも殺人を止められない異常者だ。
その点で言えば、すでに詩織からは離れていそうなものだが。
「……別に、引っ越しの予定はないけど」
「あのねぇ、そーいう物理的な話じゃなくてね? んー、今日は詩織さん不調っぽいなぁ、なーんか引っかかるんだけど、うまく言えないというかー」
「詩織がそんな風になるのは、確かに珍しい」
「でしょー?」
今度は詩織が上の空になる番だった。