第三章

 設計の際、レゾンは平等な生活環境などという理想を真っ先に捨て去った。高所の地下という限られた空間の中で、多くの人間を収容するためにはどうしても上下に階層を作らなければならない。

 人類の存続を求めるならば、必要なのは生活の質ではなく人間の量である。もっとも守られた下層に重要機関を集中させ、中・上層に「保険」のように大多数の人間を住まわせる──冷徹に下した判断を、レゾンは今でも覚えている。

 それをもう一度行えるか、と自問している時間はない。

「警察機関に動いてもらうしかないな」

 萩原の声には焦りがあった。

 外壁を隠すように広がる森林は、それほど幅が広くない。閉鎖的に見える地下空間をなんとかごまかすためのもので、広さを必要としたわけではないからだ。

 森を挟んではいるが、ペストと住宅地の間には実際一キロの距離もない。

「周囲十地区に避難命令を出せ。レゾン、ヴィオレはどこだ?」

 ヴィオレ。その名を聞いた瞬間、電脳にノイズが走る。

 ノイズは接続されているアウトプット装置にも反映され、イヤフォンから雑音が聞こえたらしい萩原から訝しげに声をかけられた。

「レゾン?」

「ヴィオレは──今は不安定だ」

 なにも、こんなタイミングで。

 レゾンは愕然とした。ついさっき自分が吐き出した懺悔さえなければ、ヴィオレはためらいなく出撃命令に応じただろう。けれど、今のヴィオレはあまりに弱すぎる。

 ペストと戦う理由がない。浅間を守る意味がない。