第二章

「レゾン」

「ハロー、ヴィオレ」

 間髪入れず、スピーカーから合成音声が返す。

 コンピューターに搭載された人工知能・レゾンは、ペスト発生以前から起動し続ける最古の「人格」だ。膨大な学習期間で培われた合成音声の表現力は、もはや人間と遜色ない。

「いつも同じ挨拶だよね」

「私の原点だ。ハロー、ワールド。これをモニターに表示してみせたときの開発者たちの反応は、今でもメモリー深部に残っている」

 レゾンはそこで一度区切り、

「ところで、ヴィオレ。私と話をするだけなら、なにもここまで下りてくる必要はなかったんじゃないか?」

 あっさり本題を切り出そうとした。

 浅間全域にネットワークを構築しているレゾンは、接続可能な入出力装置さえあればその場でコミュニケーションがとれる。研究者が持つ個人用のコンピューターでも、地上へ出るハイジアに支給される無線機器でも、電話線に繋がれている固定電話でも、レゾンと話すことは可能ではある。

「私はレゾンに会いにきたんだよ」

「そこに差異は──ある、か」

 ザザ、とレゾンはわざとらしくノイズを混ぜる。

「ハロー、ワールドが私の原点であるのと同様に、ここはヴィオレの原点だったな」

 人工知能らしからぬ言い回しに、ヴィオレは口元だけで笑いながらフードを下ろした。レゾンを支える柱に背中を預け、そのまま冷たい床へ座りこむ。

「まぁ……安心できるところでは、あるのかな?」

「光栄だ。気温も湿度も私に合わせているようなところだが、存分に安心していくといい」

 言い終えたあと、スピーカーの電源が切れる音がして、最下層は静寂に包まれた。