ぐりぱー幼女

 暗い部屋に手甲の擦れる音だけが鳴っている。

 音をだしているのは、少しカールした髪の毛が特徴の幼女、えむだ。

 えむは何度も手を動かし、手甲の具合を確認にする。

 この部屋は先ほど戦闘があったばかりである。壁は凹み、机の角は凍り、床にはナイフのような鋭利な刃物が突き刺さっている。

 ここは、二十九エリア第七研究所。

 またの名を、癒しの国。

 入ってくプレイヤーを見た者はいるが、出てきたところを見た者はいない――と、噂の立っていたエリア。

 実験の内容は口外されていないし、そもそもこの施設が研究所だと知る者は少ない。 

 表向きはアニマルセラピーを売りにした動物園なのだが、裏では利用者を拉致し、仮想アバターの実験に使用していた。

 その施設も、今は瓦礫の山に成り果てていた。

 たった六人の幼女によって。

『こっちは終わったよ、えむさんのほうは?』

「終わった、今から合流するからそこいて」

 別に動いていたどぅから通信が入る。

 通信を終えると、手甲から目をそらす。

 部屋の中にいた、家畜と呼ばれていたプレイヤーは全員逃した。研究員は強制ログアウトになるようダメージを与えた。

 部屋にいるのは、えむを入れて三人だけ。

 こちらの負傷者はなし。

「どぅくん達と合流しよう」

 えむがそう言うと、寒そうに身を震わせて縮こまっていたおかっぱのなまえは立ち上がる。

「安全確認してくる」

 綺麗な赤髪をなびかせいつきは闇に消える。

 派手に暴れたため、施設の設備はめちゃくちゃであっちこっち電気がついていない。

 どぅ達がいるのは地下施設。

 家畜を運搬するために作られた、地上に続くトラック二台が入る広場だ。

 そこまでのルートは分かっている。すぐに合流できるはずだ。

 敵と認識した者は片っ端からやっつけた。

 ただ一人、第七研究所責任者、桐崎零子を除いて。



 研究所に侵入してほどなく、えむ達と零子は対峙した。

 零子の容姿を教えられていた面々はすぐに敵対行動に移ろうとしたが、不思議なことに身体が言うことを聞かず、しまいには後ずさりをしてしまった。

 その間に零子には逃げられた。

 後を追おうにも零子が見えなくなるまで身体は言うことを聞かなかった。

 次は逃さない、その気持ちを固く決め、えむは拳を硬く握る。

「何もなかった、急ごう」

 確認から戻ったいつきを先頭にどぅ達の元に走る。

 ここの主要施設は二つ、実験場、先ほどえむ達が壊した部屋と家畜を運搬トラックに積む為の広場。

 零子が行くとすればどちらか。

 実験場には零子はいなかった。

 今回の標的の零子を逃さないため、仲間を守るため、えむは走るスピードをあげる。

 地下施設についたえむ達の目に映ったのは、零子に対峙したまま動かないどぅ達三人の姿だった。

 この場にいる、零子以外の全員が何かを仕掛けようとするが身体は動かない。

 そんなえむ達を見て、罠にかかった獲物を見るように、貼り付けたような笑顔で零子は語りだす。

「あなた達のことは、聞いてるわ、家畜の分際で逃げた抹消対象でしょ? 上はそう言ってる、情報漏洩が恐いのよあいつら」

「動いてよ!!」

 ショートヘアーの活発そうなしおんが叫ぶが、身体は零子から距離をとるように後退りをはじめる。

「無理よ無理。あなた達の脳は私を確認した時から嫌悪してるの、近づきたくないほどに! それが私の能力だもの」

 到底好きになれそうに無い、作り物の笑顔で零子は笑う。

「もう少しすればここに私の仲間がくるわ、上は抹消って言ってるけどね、あなた達に利用価値を見いだしてる研究者はいっぱいいるの、あなた達はまた家畜に戻ってもらうわ」

 その言葉に全員の身体が反応する。零子の能力ではない。昔の記憶が、昔の悪夢が、身体に刻まれた傷が反応したのだ。

「ダメだ……」

 えむは誰に言うでもなく、自分を鼓舞するために叫び出す。

「あんな思いはもうしちゃダメだ! 仲間を見捨てて選んだ道だ! 自分から! 他人の指図でさえ! もう戻っちゃいけない! なにがなんでも!!」

 そう叫ぶとえむは自分の顎を殴り脳が揺れた衝撃を振り切り、零子に向けて飛ぶ。

 えむの強化された足で蹴られた床は陥没し、クレーターを作る。

 被害なんて御構い無しに飛んだえむは朦朧とする中、零子に馬乗りになる、ただがむしゃらに拳を振り下ろし続ける。

 目の前にいる敵をただ壊すために腕を振り下ろし続ける。


     *****


     ダメージ許容量を上回ったため、強制ログアウトいたします。
     ログアウトの処理中―――


     *****


「もう、弱者にはならない」

 消えていく零子を見下しながらえむはつぶやく。

「ばっかみたい」

 捨て台詞のように言った零子は、ずっと作っていた笑顔を捨てて嫌悪の表情を浮かべていた。

 そのセリフに満足したのか、えむは自分の意思でログアウト処理されていく零子から距離を取ると、二歩目でいきなり床に倒れる。

 自分で顎を殴った衝撃で、脳震盪を起こしたのだ。


 
 倒れたえむを起こす一同に、無線からの声が届く。

『はいはーい、もんちゃんだよぅー、桐崎零子のアカウントはハックに成功したよん、あと捕らわれてた人の処理?対応?はこっちですでにやっといたから、とりあえずはお疲れ様ー もう引き上げてもいいよん』

 その通信を聞いた一同は自分達の作った家に向かう。今日も明日もこれからも、居場所は自分達で決めるのだ。