姫との約束

   プロトコルを確立します_


 焦りや不安から、右足が小刻みに揺れる。


   適応するインターフェイスの特定は完了、最適化処理中*****
   ■■■■■■■■80%


 遅い、遅すぎる。デスクを叩き過ぎて爪が痛くなってきた。


   ■■■■■■■■■■100%
   『ダイブ』は問題なく正常に動作を開始しました_



 自宅から移動したのは、ビル街。

 詳しく言えば、電脳世界オンラインゲームデュランダル・オンラインで、最も人が集まる場所。

 でも俺が来たかったのはここじゃない、前に居た場所。

 奴らに卑怯な手でログアウトさせられる前までに居た場所。


 ダンジョン『子人の世界』の姫が危ない。


 約束したのに、俺は約束を守れない……

 昔……、姫とした約束を思い出す。



「姫しゃま〜、角笛が奪われたしょうでしゅ」

「……そう」

 ダンジョン『子人の世界』最初は運営の誤字かと思ったが、この幼女を見て誤字じゃないことに気づいた。

「……子供が統べる国で『子人の世界』か」

「あっ、挑戦者様ですか?」

 ボソッと言った一言だったが、幼女には聞こえてしまったようだった。

 扉から離れ幼女に近づく、遠くからはわからなかったが幼女のフリルがついたドレスは、所々切り傷ができていた。

「……ここのラスボスはお前なの?」

「いえ、前までは騎士がいたのですが強制ログアウトされてしまいまして、それ以降ログインしてらっしゃらないみたいで」

 逃げたのか? こんな傷ついた小さい子をおいて。

 こんな小さい子を倒すのか?

「……強制ログアウトってことは、NPCじゃなかったのか? 騎士様とやらは?」

「はい、一般の方から募集しました」

「それって……俺にもできる?」

 俺の一言が思いもよらないものだったのだろうか、幼女は目を見開いている。

「おっ、お仕事は私を守るだけです」

「じゃぁ、俺が今日から姫様を守る騎士でもいいわけだ?」

 姫は下を向いて黙ってしまう。

 姫の足元を見ると心配そうに近寄る、小さい人間の影のようなものがいる。

「……あのっ、騎士様の仕事は大変……危険で、私を守るために命を亡くしたりするかもしれません」

 ゲームだから怪我はしないだろ?

 前の騎士の、強制ログアウトがそんなにショックだったのだろうか。

 ションボリした幼女の対応は慣れている、リアルの世界では俺に妹がいた。

 幼女の頭に手を置く。

「心配すんなよ、武器はまぁデュランダルよりは弱いけど強い武器だし、柊冠九郎とも殺りあったこともあるんだぜ? (負けたけど)」

「ひいら……ぎかんく……ろう? すみません私、ここから出たことなくて」

 あれ? 元気がなくなった。

 ……とりあえず警戒心解くか。

『戦闘モード解除』


   *


   マスターの声を認識_
   闘争モード解除、ファッションモードに移行中_
   **********
   ファッション・アバターセットアップが完了しました_
   闘争を終了します_


   *


「……?」

「あれ? この服装知らない? パジャマって言うんだけど……」

「ぱじゃま……?」

 何もしらないんだな、この幼女。

「リラックスとか…… リラックスもわかんないか、安心してる時に着る服」

 なんか目がキラキラしだした、パジャマをつまんでいる。

『ファッションショップ』


   *


   マスターの声を認識_
   ファッションショップを開きます_


   *


 携帯端末を操作しパジャマをワンセット買う。

 携帯端末からパジャマがでてくる。

 幼女も携帯端末から出てきたパジャマをジッと見てる。

「パジャマ着ろってお前は……姫は! 俺が守るから安心しろ! 姫の側から離れないから!」



 約束したのに!

 俺は姫を守る騎士なのに!

『緊急ニュース速報』

 移動ポータルに向かって走っていると、携帯端末から、けたたましい音が響いてきた。

『「子人の世界」の姫が消えたため、ダンジョン「子人の世界」は一時封鎖されました。大変、ご迷惑をおかけいたします。』

 音声ニュースと共に一つの画像が浮かびあがる。

 ダボダボなパジャマを着た幼女が、目を輝せ風船に向かって歩いている画像。

 俺が注目したのは姫じゃない、この風船を持ってるチラッとしか写っていない手。俺が現実世界で目覚めた時に、逃げっていった奴がつけていた手袋。

 それにそっくりだ。くっそ!

 やっぱり、はめられた!

 息を切らして、たどり着いた移動ポータル。

 いくら、決定を押しても


   error_
   ただいま調整中です_


 と流れるだけ……約束を守れなかった……

『子人の世界調整中、終了日・未定』