Durandal!

 疾走、爆走、激走。

 陸上競技の一〇〇メートル走よろしく、新記録を狙うスプリンターの如くスーツ青年・水無月(みなづき)は全力で夜の廃墟を駆る。

 肩で切る風が生暖かい。ワイシャツが汗でへばりついて気持ちが悪い。

 ネクタイを緩めても清涼感はまるで感じられず衣類の中に入ってくる蒸し暑い空気は、やはり九月残暑のそれだった。

 水無月は「もうさすがに追ってきてないんじゃねえか?」と、背後をちらりと確認した。

 後方、夜闇の中、空から微かに降り注ぐ月光に照らされたクロムメタルが光る。銀白色で鋭く光を反射するそれは三つ存在し、正確に言えば三機と数えるのが正当である。

 複装甲型戦闘歩兵Br‐st U式。

 第三次世界大戦のさなかに生み出された人工の兵士。量産型人型機械兵の名称だ。

 基本的なスペックとしては、腕に内蔵されたレールガンで遠距離攻撃。脚、背中から取り外しができる発煙筒のような棒は体内を駆け巡るエネルギーを出力、レーザーメスを形成し接近戦が可能。戦況に応じてそれらの使い分けができる軽度な自律回路も組み込んでいる高性能な人型兵器である。

 しかし、終戦から早一〇年。

 整備する者も必要もなくなってしまった彼らの能力は錆びついている。

 電磁砲は飛んでこない。レーザーメスの凶刃も形成されない。

 水無月は、近くにある廃材を足場に上へ上へと昇っていき、屋根にぽっかり空いた穴から外に飛び出た。

 西の方角に見える街の明かりが遠い。

 ここは街の外れ。今や誰も住まう事のない『幽霊屋敷』が存在する僻地である。

 水無月は屋根の上を走り抜けながらポケットからPDAを取り出して片手間に操作する。

 選択されたアプリケーションが起動。画面下部に青色のインジケータバーが表示されるも、瞬時に右端まで伸びて消失する。その直後にポップアップしたウインドウには次の文字が表示されていた。


 Error Off Line


 舌打ちをしてポケットにPDAを突っ込む。同時に、なぜ自分がこんな目に合わなければならないのかと己のフラグ体質を恨んだ。

 発端は些細な事だった。

 連れと二人で営んでいる自警事務所に依頼が飛び込んできたのだ。それも飛び切り高額で飛び切り危険な。

 水無月はもちろん断った。断固として断ったのだが、どうしようもなく無鉄砲で守銭奴な連れが水無月を押さえ付けて快諾してしまった。

 そして今現在に至る。

 こちらの装備もしっかりと取り揃えて依頼に臨んでいたのだが、複装甲型戦闘歩兵Br‐st U式が三機も出てきたとなれば話は別だ。複装甲に覆われた彼らの防御は銃弾を弾き、斬撃を無効化する。

 それでも、クロムメタルの複装甲に対して有効な武器はある。

 ──ただ、オフ・ライン状態が解除されねえとどうにも……。

 他に何か手はないかと疾走しながら頭をフルに稼働させる水無月。しかし次の瞬間、

 ──!!!?

 目の前の屋根が豪快に吹き飛ぶのが見え、気付いたら爆砕に巻き込まれて空中に投げ出されていた。

 屋内から屋根を突き破って出てきた巨大な装甲機の姿が視認できる。白塗りの装甲はクロムメタルの塊と見てまず間違いない。恐らくは複装甲型戦闘歩兵Br‐stの次機と思われる。

 人間は、脳が危機に瀕していると判断した時、映像を解析する能力──主に集中力の度合いが格段に上昇する。人生のハイライトシーンが見えると言うアレも同じ働き。

 それは水無月にも例外なく訪れていた。

 飛び散る木片。崩れ落ちる塗炭の残骸。

 落下の速度がスローに感じる。破砕音すら鈍く聞こえる。

 極みつけは、無人となった館であるにも関わらず綺麗に刈り揃えられた芝生の真ん中に立つ幼い少女の姿。

 二房に分けられた茶髪に白いカーディガン、スカート、華奢な手足といった出で立ちが事細かに頭に流れ込む。次いでクスリともしない口元が見えたと同時、体の側面から着地した水無月の体感速度は一瞬にして元に戻った。


「――伏せてなさい」


 間髪入れずに空気を揺らす声に、立ち上がろうとした水無月の動きがビタリと止まる。バッと顔だけ向けてみれば、先程視界に捉えた少女がいつの間にか半身に構え、右手に巨大な三角定規を携えていた。

 少女の手元の三角定規から抑揚のない機械音が木霊する。


 System・Durandal──On Line!
 Ready────Action!!