Lilium
『思考プログラム・インストール完了_ 起動シークエンスを開始します_』
円柱型の部屋で、無機質な機械音声が坦々と言葉を放つ。
二フロア分の高さを持つこの部屋は、一階部分の壁面が雑多な機械類で埋められている。
物理的な作業ではなく、ソフトウェアによる情報処理を目的とした機械設備。あちこちで光っている小さな光は、進行状況に不具合がないことを示すグリーン。
床には何本ものコードが這っているが、薄暗くて分かりにくい。
唯一明るく照らされている中心部分には円形の台があり、その上で一人の少女があおむけに横たわっている。
頭部を覆うのは、幼い容貌に似合わない白髪。その白さに劣らないほどに血の気を感じられない肌は、そのほとんどが剥き出しになっている。胴体の前面を覆うだけの薄い布も、やはり白。
色のない少女の中で、唯一異彩を放っているのが鉄色の首輪だった。金属製のそれの表面はなめらかで、拘束具のような粗末さはないが、華奢な首には少々大きすぎる。
部屋の中に、他の人影はなかった。
二階壁面に大きくとられた窓の向こうに白衣の男が数人、強化ガラス越しに室内を見下ろしているだけだ。
『システム・オールグリーン_ 起動まで残り120秒_』
音声が告げると同時、機械の駆動音はにわかに騒がしくなった。
CPUの発する熱に反応し、いくつものファンが回り出す。グリーンランプは、時折赤に色を変えながら明滅を繰り返した。
動きはほとんどない。が、慌ただしさを感じさせる空間。
そんな中でも、台の上の少女はぴくりとも動かなかった。
顔に垂れた前髪も、細い手足も、薄い布で覆われた胸も、長いまつげも、何も動かない。
無機物じみた生気のなさで──事実。
『シークエンス完了_ 起動します_』
機械音声が宣言すると、少女は唐突に閉じていた両目を見開いた。
大きな紫色の瞳が露わになる。
次いで彼女は、長い間の硬直を思わせない、滑らかな動きで起き上がった。
体の前を覆うだけに見えた布は、首と背の後ろで結ばれており、落ちることなく少女の体を隠している。剥き出しの背には長い三つ編みが垂れ、鉄色の首輪からは金属製のコードが台に繋がっていた。
白髪の少女は、台の上で座った状態のまま二階部分に設けられた窓へと目を向ける。
視線の先で、科学者の一人が備え付けられたマイクに向けて口を開いた。
『おはよう。君のシリアル・ナンバーを教えてくれ』
室内のスピーカーから放たれる男の声に、少女は滑らかに答える。
「Series GAIA‐X003──Lilium」